温帯の君へ

映画『温帯の君へ』山下諒 x 二田絢乃 x さいとうなり x 宮坂一輝監督 インタビュー

映画『温帯の君へ』は、初長編監督作『(Instrumental)』で劇場公開を果たした新鋭・宮坂一輝が放つ最新作。本作は、現代に生きる若者たちの葛藤を描くラブストーリー。今回は、本作で第18回田辺・弁慶映画祭俳優賞をトリプル受賞した山下諒さん、二田絢乃さん、さいとうなりさんと、宮坂一輝監督のインタビューを行いました。本作の制作秘話から、俳優陣の役への深いアプローチ、そして未来へのメッセージまで、多岐にわたる貴重なお話を伺いました。

左から、山下諒、二田絢乃、さいとうなり、宮坂一輝監督

■ 映画『温帯の君へ』監督、キャストインタビュー

▼1.はじめに

ー:宮坂監督には前作の際にもインタビューさせていただきました。今回は、事前に俳優賞を受賞された際のコメントや、審査員をされた藤原季節さんの審査評なども拝見し、それをベースに掘り下げていければと思っております。

▼2.制作のきっかけ:気候変動と恋愛の融合

ー:まずは監督にお伺いします。作品制作のきっかけについて、「もちろんすぐに何か行動しようと言いたいわけではない」とのコメントがありましたが、実際にはどのような具体的な問題意識があったのでしょうか?

宮坂一輝監督:前作の上映のトラブルが大きなきっかけでした。初日、6月末の雨上がりの異常な暑さの中、劇場(池袋シネマ・ロサ)の空調が壊れてしまったんです。お客さんが100人ほど来てくださっていて、お帰りいただくわけにもいかず、サウナのような劇場で上映を行いました。直接的な原因は空調の故障ですが、やはり突然気温が急上昇したり、6月なのに季節外れの暑さがあったりして、初めて気候変動による実害を肌で感じたんです。

自分の晴れ舞台がある意味台無しにされたような思いでした。でも、誰かが悪いわけではないので、誰にも怒れない。その時に、「これは私たちがこういう問題にちゃんと向き合ってこなかったから悪いのかな」と思ったんです。どこにも持っていきようのないやりきれない思いを、何かで表現したい、映画でできることがあるんじゃないか、と思ったのが一つ目のきっかけです。

もう一つは、ずっと恋愛映画を撮りたいと思っていたことです。人間という存在がすごく面白くて好きなので、人間の一番見にくいところや美しい部分がストレートに出るのが映画だと思っています。そこに挑戦したいと考えた時に、社会的なもの、地球規模の問題と、恋愛という二人だけで世界が完結してしまうような小さな問題を一つの映画で描けば、すごく面白い試みになるんじゃないか、という思いが強くありました。それでこの二つを掛け合わせて、映画を撮ろうと決めました。

▼3.現代社会の若者を描く:分かり合えなさ、未来への絶望、そして希望

ー:もう一つの宮坂監督のコメントとして、「現代社会を生きる若者が抱える分かり合えなさ、未来への絶望について」という言葉も挙げられていました。この辺りの考えはどのように出てきたのでしょうか?監督ご自身の肌感覚とも近いのでしょうか?

宮坂一輝監督:「分かり合えなさ」というワードが出てきたのは、どちらかというと気候変動の映画を作ろうと思って色々と調べている時です。一番印象的だったのは、気候変動に対して活動しようという人たちと、それを揶揄する人たちの対立でした。例えば、トランプ大統領がグレタさんを揶揄するような発言をし、それに賛同する若者が集まってくるような構図が当時あったんです。それはすごく非生産的ではないか、本来は気候変動はみんなで一丸となって解決すべきはずなのに、お互いを揶揄し合ってそこにエネルギーを使ってしまっている。もったいないと思う一方で、それはすごく人間らしいとも感じました。自分のやっていることを否定されるような言説が出てくると、それを潰したくなる。そういう対立が世界的に大きくなっていたんです。ある意味そこに私は人間性を感じました。それを人間ドラマ、大学生カップルのいざこざというすごく小さな形に落とし込むことによって、その「分かり合いなさ」というものを、誰にでも身近な形で描けるのではないかと思いました。

ー:未来への絶望もそこに絡んでくる感じでしょうか?

宮坂一輝監督:そうですね。やっぱり誰しもどこかで思っているのかなと思うのが、「今更何かやっても意味ないんじゃないか」ということですね。世界はどんどん悪くなっていく一方だし、選挙とかもそうですが、「自分が一人一票入れたところで何も変わらないから別に選挙に行かないよ」という若者が結構増えている気がしていて。その根っこには、自分の力では未来はどうにもならないだろう、自分の内にこもっていっちゃうような世代というか風潮があると思っています。もちろんそれもすごく分かるというか、私自身もそういう気持ちもあります。だからそこに寄り添いながら、でもやっぱり希望を持って生きていった方が楽しいと思っています。そこに、そういう人たちが抱ける希望ってどういうものなのかと考えた時に、未来を諦めている人たちが、どうやって未来へ前向きに進むのかというお話を作りたいなと思いました。

▼4.キャスティングの決め手:圧倒的な存在感

ー:ありがとうございます。役者の方々にもつながるお話ですが、審査員の藤原季節さんが、「キャスティングを含めての俳優賞だ」というコメントがあったかと思います。宮坂監督が、この3人をオーディションで選んだ際に、それぞれを選んだ理由やポイントがあると思うのですが、それを聞いてみたいと思います。

宮坂一輝監督:お三方に共通するのは、オーディションで「この人しかいないな」と思えるほど圧倒的だったということですね。もちろん途中までは迷ったりもしましたが、最終的にはこの人しかいない、と思いました。

映画『温帯の君へ』制作チーム / TBX Production

山下さんについては、二次面接がビデオ面接のような形だったのですが、その時から「この人ちょっと違うな」と思っていました。何が違うかというと、少し不機嫌そうだったんです。みんな大体緊張した面持ちでZoomに入ってくるわけですよ、「お願いします」みたいな感じで。でも山下さんは自分の部屋の隅っこで座って、オーディションなのにちょっと不機嫌そうというか、ぶっきらぼうな感じがあって。大樹という役は、他人に対して若干下に見ていたり、ちょっと斜に構えているところがあると思っていたので、画面越しなのにそれが分かる、「この人めちゃくちゃいいじゃん」と思いました。対面でもお会いしましたが、やはりすごく演技は私のイメージ通りでした。

二田さんが演じた翠というキャラクターは、若干危うさを含んでいるキャラクター性があると思います。危ういけれども、応援してあげたくなる、間違えちゃうところも含めて可愛いと思えるようなキャラクター。そういう意味で、二田さんは普段はすごくパワフルに、気丈に振る舞ってらっしゃいますが、演技の部分だとすごくその繊細さみたいなところが表に出てくる気がしていて、そこを見た時に、強い女性としてのイメージと弱い女性としてのイメージ、どちらもちゃんと表現できるんじゃないかと思いました。

さいとうさんが演じられた森野美玖役は、当然のことながらすごく難しい役でした。普通の生活ではあまり遭遇しないタイプの人なので。

山下諒:ポケモンみたいですね。レアポケモン(笑)

宮坂一輝監督:でも、それこそみんなレアなポケモンぐらいに思っていると思うんです。環境活動家という、ある種の属性を持った人間がこの地を歩いている、というイメージではなく、ちゃんと人間なんだということを、私はこの映画でちゃんと描きたいと思っていました。そうなった時に、もちろんさいとうさんが実際に生活されている環境などもそうですが、さいとうさん自身が持っていらっしゃるバックグラウンドから引き出せるものもあるだろうと思いました。そして、森野美玖に必要不可欠な、周りみんなを引っ張るリーダー性、カリスマ性みたいなところも、そして、かつ自分の「この道で本当に正しいんだろうか」と迷っているような部分。気の迷いではないですが、どこかでちょっと揺らぐ部分、それがすごくさいとうさんの演技から感じられました。もともと森野美玖に応募してくる人はそんなに多くはなかったのですが、やはりその中で一番輝いていましたね。

ー:山下さん、「不機嫌そうだった」、という宮坂監督のコメントがありましたが、実際はどうだったんですか?

山下諒:実際は、今思い返してみたんですけど、たぶんそもそもオーディションにあんまり慣れていなかったんです、当時。大阪から上京してきて数ヶ月とかで、大阪の時も演劇学校に通って受けたオーディションは2、3個だけなんです。東京に来てもそんな面白そうなオーディションないなと思っていて、シネマプランナーとかがあったじゃないですか、そういったところでオーディションを探していて見つけたんです。だから不機嫌というより、「これ大丈夫なやつ?」みたいな、そういう疑い・様子うかがいがあったんだと思います。みんなたぶん経験してきたことで、落ちたり色々な過去があると思うのですが、僕はそんなに落ちた経験がないままこのオーディションに参加したから、「これ大丈夫?知らないやつみたいだけど」みたいな。それでたぶん不機嫌に映ったのかもなって思いました。すみません(笑)。

宮坂一輝監督:いえいえ、面白いですね。ここで判明しましたね。

▼5.俳優賞受賞の喜びと戸惑い

ー:では山下さんに質問です。上京後初めての作品で、敬愛する藤原季節さんから俳優賞をいただけたというところで、受賞した時の気持ちや、藤原季節さんのコメントへの思いなど、特別な思いがあったのではないかと思うのですが、いかがでしたか?

山下諒:嬉しいのは嬉しい、それはもう強く感じるんですけど、「もらっていいの?」みたいなのはちょっと僕にはあって。そんな苦労してないし、初めての作品だし、「ちょっといいの?」みたいなのもあるし、いきなり藤原季節さんに褒めてもらえたし、ふわふわしてる感じというか、「これはすごいことなの?」みたいな感覚でしたね。

僕は去年も田辺弁慶映画祭に参加しているんですけど、その時は犬童一心監督が審査員で、今年は俳優二人が審査員として来る回で。こういった俳優賞をいただけたというのは、去年参加していた分、実感として「ここの審査員二人の中で俳優賞をいただいた」という、すごく嬉しいなっていうのを強く感じました。

ー:俳優が俳優に評価されるというのはすごいことですよね。二田さんはコメントの中に「お二人(山下さんとさいとうさん)を世界中の方々に自慢したい」という言葉がありましたが、それについてどう思いましたか?

二田絢乃:多分そもそもそれを言ったのは、私は忌野清志郎さんが好きで、その時自分の中でブームだったんです。その中の曲に「世界中の人に自慢したいよ」みたいなフレーズがあって、それに感化されていた時期、というのもあるんですけど。それはちょっと冗談で言ったとして(笑)。

でも本当に撮影の当時から、というかオーディションでも同じ回だったんですけど、とてもいい俳優さんだなと思ったし、正直自分が翠役で受かるか、というのは覚えてないんですけど、「受からない可能性が高いんじゃないか」と待っている時は思っていました。なんでかっていうと、やっぱりそのレベルが二人ともすごく高かったので、自分がそこに一緒にやりたいという気持ちと、「ついていけるかな…」みたいなのはあったりして。お二人は、それぞれの、私にないところをとても持っている人たちなので、この二人と一緒にやれたことも嬉しいですし、その二人が出ている作品によって、いろんな人に見てもらって、「素敵な人たちだな」と思ってもらえたら本当に嬉しい、というふうに思いました。

ー:さいとうさんは、「作品として評価されることを大事に願っていた」というコメントをされていました。その部分について聞かせてください。

さいとうなり:私たちは、作品の手助けしかできないんです。だから、手助けが評価されることは嬉しいけれど、でもそれが憧れてこの業界に入ったわけではない。作品のためなら何でもできるようで集まった部署だから、やっぱり作品のためにならないと意味がない、ということを念頭に置いていました。3人の俳優部ともずっと、そういうコミュニケーションは取っていたから、だから多分そういう言葉が心から嬉しいのと同じくらい出てきたんです。

ー:その俳優賞受賞の中でも、3人での同時受賞というところに、すごく特別な思いがあるのではないかと思うのですが、感想としていかがでしたか?

さいとうなり:多分相当審査員側も粘ってくださったらしくて。通常は1人だったり、1作品に1人、というこれまでの受賞形態があったのですが、今回は「3人じゃなきゃ意味ないよ」ってプッシュがあったわけなんですね、どうやら。それにご了承してくださったところがあって、それにやっぱりその情熱に感動しましたね。今までの例とは異例の回を作るのって怖かったりしますけど、そのリスクを取ってでも「いやこれ3人じゃなきゃ意味がないんだ」という。ロジカルではなく感情でぶつけて押し切ってくださった人がいて、そこに私たちは共鳴したというか、それが嬉しかったです。

▼6.役作りと現場での向き合い方:労働者として、技術職として

ー:山下さんと二田さんに質問です。「この作品の中で、シーンごとの関係性の変化が、俳優の力量によって繊細に表現されている」というコメントがありました。お二人の中で、パワーバランスではないですけど、シーンが進むにつれての変化というものがあるじゃないですか。そのあたりのバランス感覚は、話されてできたものなのか、自然とできたものなのか、いかがでしたか?

映画『温帯の君へ』制作チーム / TBX Production

山下諒:こういうバランス感覚で行こうみたいな話し合いは、多分してないです。シーンについて、「これをこうやろう」と全く話してなくて。ただ、結構順撮りが多かったんです。なので、多分それぞれが、お互いに「前のシーンはこうだったから」という、その蓄積を持って演じているから、自然とお互いがお互いを受けて、いいバランス感覚になったのかな、と考えています。

インタビュアー:監督は確か、順撮りで撮ることを意識されるタイプの方でしたっけ?

宮坂一輝監督:その意識はしました、今回。割とギュッと日程を詰めて、約2週間の中で、撮休を4日くらい撮って、10日間で撮るということをしたんですけど。それはもちろん色々な理由がありますが、一つはやっぱりそうやって前日の記憶がちゃんとある状態で撮影ができるので、繋がりがすごくいいんです。

もちろん服とかは調整すればできますけど、感情の繋がりという部分は、そうやってギュッと撮ったことによってより引き立ったかなというのはあります。

あとは、自分から伝えるのですが、割と各シーンを撮る時に、「この前のシーンで、二人はこういう会話をしてます」みたいなところを一応リマインドして演出をつける、ということを意識していたので、そこはうまくいったんじゃないかと思っております。

映画『温帯の君へ』制作チーム / TBX Production

ー:ありがとうございます。次にさいとうさんですが、蒼井優さんの言葉で、「“現場で一番の労働者でありたい”という言葉を大切にしている」ということをコメントされていました。撮影現場で、役者として、という形もあると思うのですが、労働者として作品のために尽力された部分や、意識された部分はありましたか?

さいとうなり:なんだろうな…でも、「もう一回テイクを撮りたいけど、でも次押してるし、全体押しちゃうし」っていう時に、「だったら撮ろうよ」という心構えはありました。「何テイクでも撮ろうよ」という気持ちがあるんですね、普段は。そんな「満足いくまでやろうよ」と。それに対して、「いいじゃん」とか、そういう「監督が満足できなきゃ意味ないし、録音部が満足できなきゃ意味ないし。他の技術部とか、みんなが満足できないまま進まないように。進んだら止めたい」という気持ちがありました。

「えー、満足した?」って。で、私はたぶん皆さんよりちょっとだけ、ほんの少しだけ年齢が上なので、「大丈夫そう?」って聞くという気持ち。聞けば、「いや実は…」というのがたまにあるから、「いや実は言えなかったんですけど、撮れてなくて」、「じゃあやろうやろう」と。そういう風に、軽やかに「次やろう!」というのが最年長ができることかな、という気持ちはありました。でも実際は(そういう問題は)起こらなかったです。みんな素晴らしかったので、そういったことが起こらずに終えられたんですけど。でもなんか“労働者である”、という気持ちが私にはありますね。

ー:楽しくもあるけど、ちょっと怖い部分もありませんか?監督としては。

宮坂一輝監督:いやいや、そこは初めて伺いました。「俳優部がそういうことを考えてるんだな」と。そこまで気を配れるんですかね。

さいとうなり:俳優部って、感情のものとして、感情を出す繊細なものだから、「あまりテイクを重ねないほうがいい」、みたいなこと言うこともあるかもしれないけど。私は俳優が、その、技術職であるべきだと思うんですね。他の技術スタッフが何度でもできるのにどうして俳優部だけ運ゲー(ゲームの中でも、特に運に左右される部分が大きなものを意味する語)なの?って思うんですよ。プロだったら何回でも同じことしなきゃ、って思っちゃうタイプなので。だってお金もらってるし、それって私は、学問であるべきだと思うので。だから、技術部が何度でもできるなら、俳優部も何度でもできるよ、みたいな。もちろん難しいシーンもあるので、一概には言えないですけど、心構えとしては、どんなシーンであれ、何回でもやっていこう、という気持ちがあります。

ー:インディーズの場だと、違う意味で俳優も他の仕事もやる、という意味での労働、という話が出がちだと思うんですけど。この部分をやんなきゃ、みたいなことがよく出てくるんですけど。蒼井優さんが言った言葉でもあるし、何か意味があるんだろうなと思って。

宮坂一輝監督:そういう意味だと、結構みんな若いんですけど、スタッフも含めて。同世代だからこその連帯感ではないですけど。撮影日数ギュッと詰まってる中で、後半にかけてどんどんいきいきとやれてたんじゃないかなと私は思っていて、そこは個人的にも、順撮りにしてよかったなと思っています。

▼7.文学的な香り:監督の視点、役者のアプローチ

ー:これも藤原季節さんのコメントで、「本作品全体に、文学的な香りが漂っていた」という言葉があったと思うんですけど。監督には、文学作品から影響を受けたものは、この作品に限らず何かあるのでしょうか?

宮坂一輝監督:個人的に本はすごく好きなので。大輝を文学少年みたいに描いた背景としては、やっぱり知識を持つことの両面性というのがあると思っていて。知ることによって、色々な深い思考をすることができるというか、頭で考えてある程度先まで予測できるとか、そういう知性みたいなのが身につくんですけど。一方で、何でも分かっている気になっちゃう、というのもあると思うんですよね。だから、物を知らない人たちをちょっと下に見ちゃったりとか、エリート層の良くないところじゃないですか。そういうところが、ある意味本を読むという行為にはすごく二面性みたいなのがあるかなと思っていて。知性の暴力性ではないですけど、この映画で表現したいなと思って、本を読むというのを入れました。

もう一つあるのは、大樹が好きな本として山下さんにもお伝えしたんですけど、『1984年』というジョージ・オーウェルの小説がすごい好きで。個人的にそういうSFが小説の中で私は好きなんですけど。SFってすごく荒唐無稽な設定とかいっぱい出てくるんですけど、必ずその裏には「間違えたらこの社会ってこうなっていくよ」という示唆が入っているんですよね。今私たちはこういうところでなんとなく生きているけれども、きっとこのまま政治を放っておいたら、社会を放っておいたら、こんなひどい世界になってしまうよ、ということなので。『1984年』とかは特にそう。ある意味それに近いことを私はやりたいんじゃないかなと思って。これはSFではなくもちろん今現在起きている恋愛の映画なんですけど、分かり合おうとか、分からなくてもいいから分かろうとはしよう、ということをできるかどうかが、たぶんこの先の時代の分かれ目になるんじゃないか、ということを含めて私はこの映画で描きたいと思って。SFではないんですけど、SFから影響を受けた、というところはあるかもしれないです。

ー:では、山下さんには、文学好きな青年、という部分を演じるにあたって、ご自身と比較してどうですか?

山下諒:本は、普通の人と比べたら読む方なのかな、というぐらいで、めっちゃ読むわけでもないんですけど。でも僕大学が文学部の哲学コースで哲学を学んでいたんですけど、その時は読んでたりしてて。卒業してからほとんど読まなくなって、という背景があって。「文学少年だから、めちゃくちゃ読んでるんだろうな」と思ったので、その大輝という役が決まって、色々役作りしていく中で、本はひたすら読みました。ひたすら読んで読んで読んで繰り返して。で、本を読んでいるシーンが映画の中であるんですけど、そこの中で、お客さん見ている人に、「こいつ絶対普段読んでねえよ」って思われたら絶対に嫌だから。嫌だし、この映画の説得力がちょっと欠けてしまうなと思ったので。体に落とし込むというか、本を読んでいるという手の動きとか、そういう筋肉の緊張とかがだんだんなくなっていくと思うんですよ、読むことに対する。というのをすごく意識して、とりあえず、体に落とし込む作業をしました。

ー:二田さんは、藤原季節さんのコメントで、「ピュアなところを持った人物をすごくよく表現している」という言葉がありました。でも、ピュアさという中でも、ある意味問題意識がなかったところから影響を受けていく、という部分だったり、ピュアさの表現するにあたってもすごく難しい匙加減があったんじゃないかと思うのですが、そのあたりで気にしたことっていうか、言葉が悪くないと無知な場合もあるじゃないですか。ピュアかもしれない、という意味の人もいれば、無関心もあれば、色々あると思うんで、その辺が難しいのかなと思ったんですよね、表現するにあたって。

二田絢乃:特にやったことはなくて。やったことはないんですけど、考えたりしてたことは、無知であることを「恥ずかしい」と思った、無知の知ってありますけど。それを翠が初めて思ったんだろうな、というか、その感覚みたいなのは大事にしたくて。恥ずかしいのを越えたというか。だから、色々なものが、何か新しい思想とか、新しい何かに出会ったときに、今まで知らなかったことに対して恥ずかしいって多分あったけど、それを無意識の中で恥ずかしいって思っていて、それでどんどん突き進んでいく姿勢は、多分頭の中に色々なものが、関連する色々なものが浮かんでいる状態というか。「今自分は何も知らないから、じゃあまずサークル探してみよう」とか、「でもサークル探すのはいいけど、まず一回彼に伝えてみよう、大丈夫かな」みたいな、頭の中がいっぱいな状態、みたいなのは、翠はあるんじゃないかなと思うんですけど。このように私もいつも頭がいっぱいなので、なんか多分、近いというか、考え方がすごく似ているところはあると思います。全く一緒ではもちろんないですけど、そのことについてずっと色々なことが巡っちゃって、その目の前が見えてなさというか、でも自分は見えてるって思ってるみたいな。そのちょっと滑稽みたいなのは、そうですね、大事にした、と思いました。でもやっぱりどうしても、ピュアな人って絶対、映画の真ん中にいる人がちだと思うんですけど、やっぱり滑稽であること、すごく滑稽とか、ちょっと面白いというのは大事にしたかったです。どうしても真ん中にいると、何もしなくてもいいと思われがちだけど、なんかやっぱちょっとダサさ、滑稽さみたいなのは持っていたいなと思いましたし、それがピュアさにつながっていればいいなと思います。

ー:さいとうさんには、「本当見事なハマり役で、彼女でなければこのアンサンブルは実現しなかった」というようなコメントもありました。ハマり役と言われることに対して、ご自身にとっても「私のための役」「私にふさわしい役」とか、やってみて「ああハマった」という実感とか、そのあたり聞いてみたいなと。

さいとうなり:私は美玖ちゃん(森野美玖)とは似てないと思ってて。でも周りから美玖ちゃんだよって言っていただけるんですけど。何かの代表になるとか、そういうタイプでは絶対にセンターポジションに立てるタイプではないので。まとめ役とかいうタイプではなかったから、オーディションの時から不安だったんですけど。でも、彼女の情熱とかパッションとか、エネルギーみたいなものは分かるかもしれない、と思っていたので。それの放出の仕方が違うなと思ってて。「私人生で何かサークル立ち上げたり、人をまとめるなんて考えたことすらない」と思ってたけど、オーディションの時は不安だし。でも、実際に役作りしてて、入った時は、もうあんまりハマってるハマってないは考えてなくて。どうやって世界を変えていくかしか考えてないから、ハマってるかな、ハマってないかなというのは、撮影時は撮影時にはハマるハマらないのフェーズは抜けてた。どうでもよかった。

ー:「彼女でなければ、アンサンブルは実現しなかっただろう」というような書き方がコメントされてたんで、監督から見てどうなんですか?この3人の中で特に、さいとうさんの役割だったりとか。

映画『温帯の君へ』制作チーム / TBX Production

宮坂一輝監督:森野美玖という役が、この映画を作る上で一番難しいし、そこがコケると、この映画って本当に価値がなくなってしまうので。もちろん誰がコケてもダメなんですけど。この映画がリアリティを持っていると思われるためには、まず圧倒的に美玖にリアリティがないといけないので。美玖も含めて、みんな普通の人たちだな、と思われる必要がある、ということを考えると、やっぱりそこはめちゃくちゃ重要だったかなと。さいとうさんが美玖と似てるかと言うと、確か私もそんなに似てないと思うんですけど。ただ、社会とか世界に対する眼差しは多分近いかなと思っていて。でもかつそこに対してずっと真っ直ぐに考えてるだけじゃ、やっぱりどうしても貫き通せない社会の現実みたいなところを含めて描けるという意味で、やっぱりさいとうさんじゃなきゃいけなかったんだろうな、と思います。

▼8.タイトルの意味:「温帯の君へ」に込めたメッセージ

ー:タイトルの意味や由来をお伺いしたいです。

宮坂一輝監督:二つ要素があって、「温帯の君へ」と言ったんですけど、「君」の方からいくと、「君」ってその一文字だけで大切な人とか恋人とかを表せるんですよね。俳句とか文学とか、特にそうなんですけど、私はそれが素敵だなと思ったんです。日本語的というか、一文字だけで色々な豊かな意味を表せる「君」という言葉が好きなので、そこで「君」という言葉を使いました。

その前に付ける「温帯」ですが、「温帯」というのは気候区分の中で日本が属している部分のことですが、「温帯」って英語で言うとテンパレート(temperate)。テンパレートって「中途半端」「いい加減」みたいな意味としても存在します。なので結構どっちつかずの人たちとか、どうしたらいいか分からない人たちがこの映画たくさん出てくるので、その迷いみたいなところ、「迷いながらでもいいから前に進むことができる」みたいなところのメッセージも含めて、「温帯」という言葉に込めています。

ー:役者の皆さんがタイトルの意味合いをどう捉えるのかなという部分も興味があった点です。

宮坂一輝監督:もっと早く言うべきでした。

ー:3人の中で、このタイトルの意味合いについて質問された方はいらっしゃいましたか?

宮坂一輝監督:意味合いについて話したような気もするけど…。

山下諒:ごめんなさい(笑)。「君」は聞いていました。でも、温帯と「テンパレート」のくだりについては、今回は初めて知りました。

さいとうなり:「中途半端」の文脈は聞いてなかったかもしれませんね。

▼9.お客様へのメッセージ

ー:これから上映するにあたって、映画をご覧になる皆様へ向けてのメッセージをそれぞれいただければと思います。

さいとうなり:そうですね。よくおっしゃっていただけるのが、「気候変動に関しての映画は日本では珍しい」ということです。その物珍しさを楽しんでいただけたら嬉しいと思うし。大きな話題と小さな身近な話題が絡んでいる作品だと思うんです。それがこんなにも密接なんだ、「わぁ、人生やることいっぱいあるかもしれない」って、見た後にエネルギッシュになってくれたら嬉しいなって思っています。私たちは気候変動のことも大事だし、恋愛のことも大事だし、色々やんなきゃね、みたいな。「わぁ、人生って、暇つぶしてる時間ねーぜ、楽しいぜ!」みたいな感じでわくわくして見ていただいて、見てくださった方の人生がホクホクしてあたたかくなって、お家に帰ってくださったら嬉しいと思います。

二田絢乃:私ももちろん、脚本を読んだ時に、「この脚本は何を言いたいんだろう」とか、「背景というものがなんなのか」をまず最初に考えるんですけれども、演じているというか、カメラの前に立ったときは、目の前のことしか考えていないし、ある意味、頭に何もない状態で私は立つことが多かったかなと思います。この作品は、お客さんも何か構えて見るのではなく、肩の力を抜いて、自由な角度で、自由な視点で観ていただけたら、すごくいいんじゃないかなと思いますし。物の見方って近くで見たり遠くで見たり、色々なことができる、ということを教えてくれる、体験しているような作品かなと思うので、その時の気持ちで見てほしいし、その時の状態で見てほしいです。それが映画体験になればいいかなと思います。

山下諒:文字としてこの映画・この記事を読んだときに、どうしても気候変動とか地球温暖化という強い言葉が目に入ってきちゃうと思うんですけど。きっぱり言っておくのは、「気候変動としてこういうことがあります、あなたはどういう行動をしますか?」という映画では全くないです。きちんと人間ドラマを描いた映画という、エンターテイメントとして、すごく自分としても好きだし、面白い作品だと思うので、ぜひ劇場で見ていただきたいなと思います。

宮坂一輝監督:そうですね、監督として一番、楽しんでいただきたいです。もちろんどこにどう楽しむかというのはそれぞれだと思うんですが、やっぱりこれは映画なので、エンターテイメントなので、そこが楽しめなかったら意味がないと思っています。もし、この映画を楽しんでいただいたのであれば、きっとこの映画は「はい、面白かったです」で終わる映画じゃないと思っていて。その最後に残る余韻とか、モヤモヤとかもそうですけど、そこを大切にしてほしいなとすごく思います。

それはきっと多分、自分がどこかで目を背けてきたり、どこかにあるんだけれどもきちんと目を向けてこなかった感情なんじゃないかなと思っていて、この映画を機に、本当に何でもいいと思うんですけど、分かり合えない人とどう分かり合うかとか、そういう社会の大きな問題に対してどうやって考えていくかという、そういう日常生活でどこか優先度下げがちなことも、この映画を通して考える機会になったりしたら嬉しいです。別にこの映画をきっかけに何か行動を変えてほしいとか、社会が変わっていくんじゃないか、みたいなことを、そんな大きなことは思ってないんですけど。きっとこの映画を見て、共鳴してくれた人たちは、ある種一つ、何か共通している感情をみんなで共有している人たちだと思うので、ぜひそういう人たちと一緒に議論をしたり、違う意見とか色々な言い方があると思うんです。この映画は特にそういう面があると思っていて。そうした自分たちとそのモヤモヤとか残ったものを話し合う時間というのが、実はこの映画にとってすごく大事なんじゃないかなと思っています。

ぜひ劇場に来て、私にそういった意見を投げつけていただきたいなとずっと思っています。私はどんな批判でも受け付ける予定なので。


映画『温帯への君へ』

山下諒 二田絢乃 さいとうなり
吉田晴登 関口滉人
秋田ようこ 笈川健太 犬童みる
橋口勇輝 藤田健彦​

主題歌:Cadooo『LUCKY LUCKY LUCKY』

監督・脚本・編集:宮坂一輝
撮影監督・カラリスト:石川貴大
フォーカスプラー:小林龍 ガファー:荒健太朗
プロダクションサウンドミキサー:onigiri.saburou
助監督:東響生 演出助手:種橋雪乃
美術:侃生-KAN- スタイリスト:飯田夕佳理
ヘアメイク:皆川苗 スチール:森本あお
2024年|日本|75分|カラー|ステレオ|シネマスコープ

5.31(土)から、テアトル新宿、6.20(金)テアトル梅田にて限定レイトショー

この記事を書いた人 Wrote this article

Hajime Minamoto

TOP