映画『あのこを忘れて』監督・キャストインタビュー。本作はどのようにつくられたか。

映画『あのこを忘れて』監督・キャストインタビュー。本作はどのようにつくられたか。

3月11日より、池袋シネマ・ロサにて、映画『あのこを忘れて』が二週間レイトショー上映。本作の監督は札幌国際短編映画祭最優秀国内作品賞をはじめ、全国主要映画祭での受賞を何度も成し遂げてきた映画監督・谷口雄一郎。その最新作『あのこを忘れて』が、映画祭等での多数の観客の声に応え、遂に劇場公開決定。
緻密に計算された脚本で、繊細な心の機微を描き出すことに定評がある監督が今回送り出したのは、台本完成前から俳優達とワークショップを重ね、稽古期間を半年以上費やして挑んだ意欲作。
本作がどのようにつくられていったのか、監督・キャストに質問を投げかけ、お答えいただきました。

■ 映画『あのこを忘れて』監督・キャストインタビュー

▼本作制作のきっかけ

-「緻密に計算された脚本…」と称されている『あのこを忘れて』の制作のきっかけ、経緯を教えてください。

谷口雄一郎監督
プロデューサーの山元さんから、ワークショップ経由で映画製作をしたいというお話を受けて、短編製作を経てから、本作に至りました。
作品の内容に至る経緯としますと、自分の中に「記憶」や「残されたもの」というものに固執していた部分があり、今回は、タイミング的にも、結実した、ということだと思います。

-タイトルは、いつ、どのように決まったのでしょうか?
2組の男女と寄り添う人々を描いていく中で、“あの子”ではなく“あのこ”という表記や、“忘れて”という言葉に関してとても興味深く感じました。

谷口雄一郎監督
最初のタイトルは違っていました。このままでいくかと思いつつも、一応仮タイトルとして撮影も進み、編集を終えるくらいの時に「このタイトルでいいのだろうか?」という疑問が湧きました。そこで思いついたタイトルの何個かの候補のひとつが「あのこを忘れて」でした。自分の中でも「あのこ」を平仮名にするところがポイントでした。結果的には観終わった後に複数の意味にとれるものになってよかったと思います。
大概「あの子」と漢字に間違えられがちなので、このSNS全盛の昨今においてはかなり不利で、実際「あの子を忘れて」と記載されてる方もいるのでSNSで検索しづらかったりして不利益被っていますが(笑)

▼オーディションについて

-オンラインで行われたというオーディションはどのように行われたのでしょうか?

谷口雄一郎監督
オーディションはZOOM上で1人ずつオンラインで行われました。課題はオーディション用に書き下ろし、一人芝居をして頂きました。白畑さんは、前作「Surface」にて参加して頂いた方で、医者役が必要になり、イメージにピッタリだったのでオファーしました。
オーディションに集まって頂けた方は、大変魅力的な俳優部さんばかりで苦慮しました。キャストの選出理由は、ワークショップ経由の製作ということもあり、意見の偏りを防ぐ為、年齢や男女比のバランスとかもあります。しかし、決め手というか、自分の中で毎回キャスティングする際にあるのは「自分の作り出す世界にこの人は存在しているか?」というものはあります。その世界は、作る作品によって異なったりはしますので、曖昧な部分ではあるのですが。

紫藤楽歩(しどうらむ) 佐々木佳奈 役
コロナ真っ只中だったのでオーディションはオンラインで行われました。オーディションの時間になって、zoomを開くと、監督の谷口さんとプロデューサーの山元さんがいらして、課題の台本をパソコンの画面に向かって演じるスタイルでした。その時の台本は1人用のもので、キャラクターの設定や、場所、どういったシーンなのかは全く書かれておらず、セリフだけ書いてあるものだったと思います。
自分なりの回答というか、役作りをしてその台本に挑みましたが、実は正解があったようで、自分は間違えていたようです(笑)

あのこを忘れて
紫藤楽歩

石橋征太郎(いしばしせいたろう) 長門浩次朗 役
谷口監督と山元プロデューサーと3人でオンラインでの面談だったと思います。
内容は記憶にないです(笑)

あのこを忘れて
石橋征太郎

保坂直希(ほさかなおき) 瀬戸幸也 役
同じく映像演技塾主催の谷口監督の前作「surface」より続いての出演となりました。本企画を唯一経験していた為に監督、山元プロデューサーが呼んで下さったのかなと思っています。

あのこを忘れて
保坂直希

木村梨恵子(きむらりえこ) 長門千紗 役
オンラインで、事前に渡された短い台本をやりました。コロッケが出てくるお話だった気が。台本を読んで、「あ、これ好きだな」って感じたのを覚えています。

あのこを忘れて
木村梨恵子

▼演技の前に行われた、「先ず話し合うこと」とは?

-演技の前に、まず話し合うことが行われたそうですが、どのようなことを話し合ったのでしょうか?

谷口雄一郎監督
計4回行われたオンライン上のワークショップにて、各回ごとにテーマと課題を与えて話し合いをして、段階を経て発展していったという感じになります。そのワークショップには、一般の方や、オーディションには落選したものの、ワークショップのみ参加して頂けた方もおり、様々な意見が交わされました。多くの方を交えたのは、様々な価値観をぶつけたかったという点もあります。作品を作る上で「思考すること」というものは、脚本を書く人間が行うことは当然のことだと思うのですが、その自分の脳内での過程を、出演者の方にも体験して頂き、フィードバックしたり、されたりできればいいな、という狙いでした。この手法は、撮影までの時間を長くとったからこそできた特殊かつ貴重なものだったと思います。

紫藤楽歩(しどうらむ) 佐々木佳奈 役
大きなテーマは「やさしさについて」でしたが、最初からそのお題について話していたわけではなく、最初の話し合いのお題は「好きな人・嫌いな人」でした。どういう人が好きかなど、プリントに細かく質問があってそれを埋めて次のワークショップまでに提出し、実際のワークショップでは気になる回答をそれぞれ発表して、またそれについて話すという感じでした。
こういったことを繰り返していくうちにそれぞれの俳優の考え方が少しずつわかっていき、それを素に監督が一人一人のキャラクターを作りました。なので、役と自分の根っこの部分は一緒ということもあり、わりとなんでも成立するというか、役から外れる心配は少なかったので演じる上でかなり解放されていた気がします。

石橋征太郎(いしばしせいたろう) 長門浩次朗 役
「優しさ」について話し合ったと思います。パーソナルな部分を知りたいと思っていると思ったので思うことを素直に話しました。結果、浩次朗という役に繋がったのではないかと思います。

相馬有紀実(そうまゆきみ) 林美琴 役
好きな人・嫌いな人について話し合いました。
これってとても怖いことで、もしかしたら自分を隠すこと、余計に壁を作ることにもなることもあると思っておりましたが、浅い部分だけでなく、きちんとなぜそう思うのかを深く聞けたことでその人の人間性みたいなものが認識でき深い関係が作れ、よかったと思います。
相手のことも知れ、知ることにより自分のこともより理解すると同時に、そのキャラクター性を谷口さんがうまくまとめてくださったのだと思っております。

あのこを忘れて
相馬有紀実

保坂直希(ほさかなおき) 瀬戸幸也 役
印象深いのは、「優しさとは?」「好きな人嫌いな人」というテーマでした。
立場や環境によって答えの違う、いわば答えのない設問に対して各キャストと一般参加者の皆さんとで想いや考えをぶつけ合うことで価値観の擦り合わせや、違いを認識することは日常では難しいことで、今思えばあの時間が映画に登場するキャラクターの素に繋がっているのかもしれません。

木村梨恵子(きむらりえこ) 長門千紗 役
テーマは、やさしさについてとか、自分の好きな人・嫌いな人についてでした。
私は自分の考え方や物の見方が、割と一般的と言うか、多数派だと思っているのですが、話し合いの中でふとした意見を言った時にみんなに驚かれたことがあって、そこに驚かれたことに驚きました。
一つの質問でも答えが本当に様々で、自分の中の価値観が広がっていくのがうれしかったです。

▼対面のリハーサルの前に、キャストのみなさんが何を考え、どのように意識を転換させたのか

-リハーサルの前に、価値観の違いを認めた上で「相手への想いを考えること」に意識を転換させるプロセスがあったそうですが、それはどのようなものだったのでしょうか。

中村更紗(なかむらさらさ) 長門朱里 役
オンライン上ではありましたが、ワークショップの中で物事の感じ方について沢山話してそれぞれの人間性を知った後だったので、監督・キャストの皆さんを近くに感じていました。対面のリハーサルに入る際には、その距離感を忘れずにいようと意識していました。

あのこを忘れて
中村更紗

石橋征太郎(いしばしせいたろう) 長門浩次朗 役
オンラインで画面の向こう側にいるみんなが何を考え、どんな人となりなのかがなんとなく分かりました。そしてこれから対面して一緒に映画を作っていくと思ったときに、緊張と期待が同時に込み上げてきた思いがありました。

保坂直希(ほさかなおき) 瀬戸幸也 役
何かを転換させたかどうかは分かりませんが、オンラインでのワークショップを通して、
各々のキャラクターや人間性を垣間見れた事で、初めて対面する共演者に対してもある種の安心感や親しみを持ってスタートできました。その下地があったことが対面してからの脚本作りがすんなりと進んでいった要因となりました。

木村梨恵子(きむらりえこ) 長門千紗 役
あれだけの内容を話して自分のことも知られた上で会っているので、もうカッコつける必要が無いというか(笑)
余計なことは考えずに、初回からガシガシお芝居を試せる場所になっていたのはありがたかったです。

▼半年間かけた稽古について

-稽古には半年間もの時間をかけたそうですが、どういったことを行ったのでしょうか。

谷口雄一郎監督
半年というのは、製作決定から撮影終了までの期間になります。流れで言うと、オンラインワークショップ→プロットを踏まえた演技エチュード→脚本を踏まえたリハーサル、という流れです。作品のテーマを踏まえた曖昧なものから、段々と肉体を経由したフィジカルなものへと変化した、と言った方がわかりやすいかもしれません。
やはり、初期段階から皆様携わってくれたことにより、内容的にもフィードバックするものが多々ありました。それは役に向き合うと言うことは勿論、役について考えること、それを何度もトライアンドエラーできるのは、映画製作においては、贅沢であったと思います。

石橋征太郎(いしばしせいたろう) 長門浩次朗 役
詳細には覚えてませんが、前半はオンラインにてテーマに基づき話し合いをしました。予定の時間で終わった後はオンライン飲み会でコミュニケーションを取ったことを覚えてます。中盤は対面にてワークショップ。設定を与えられて、即興で演じたりしました。書き上がった脚本を基に実際に演じたりすることもありました。後半は撮影とそれに向けての準備期間ですかね。撮影に入る直前まで妻役のキムリエ(木村梨恵子さん)とどう表現していくのがいいかを話し合いました。稽古というよりは各々が役に向かい合う時間でした。

相馬有紀実(そうまゆきみ) 林美琴 役
最初はzoomでお互いを知る時間だったように思います。
中盤では実際に会いざっくりとしたものでエチュードをしたり、ゲームをしたりしました。
とにかくゲームが楽しかったです(笑)。
エチュードではzoomだけではわからない温度感や、対面でのよりお互いの熱を感じられるお芝居をみれた気がします。
終盤では実際に台本(仮)のものでやってみることをしました。
ここでは私の場合は監督のイメージをより具体的に感じ取る時間と自分の役と相手役とのすり合わせの時間だったような気がしています。

保坂直希(ほさかなおき) 瀬戸幸也 役
オンラインのワークショップを週に一回✖︎4週、対面してからのワークショップも同じく4回、ワークショップ終了後に撮影までの期間が1ヶ月ありました。
その合間合間では来週への様々な課題が出され、この作品のことを考えている時間が必然的に多くなりました。
撮影までの1ヶ月では共演者との信頼関係も強くなり、役者同士で脚本について話あったり、監督と個別に役を詰めていくというような丁寧な作業に時間を使うことができました。
時間が経つにつれ1番の変化は、監督キャスト間での信頼関係が深まる程に、より積極的なコミュニケーションが取れるようになり、深く作品や役について相手とセッションできるようになったことですね。

木村梨恵子(きむらりえこ) 長門千紗 役
初めはテーマに沿った話し合いから、段々とどんな作品にしていくかの方へシフトしていきました。

オンラインでの話し合いを重ねていく中で、「なんか今日、つまんないなぁ」と感じる回が途中ありました。段々と、[こういう雰囲気でこういう発言をするとなんかカッコいい]みたいなのが出来てきているような。
ただ、普段だったらそう感じたとしても受け流すのを、なんか今この感じ気持ち悪くない?と発言できて、またそれに同意してくれる人がいる環境になっていたので、そこから更に話し合いとしては混沌とした深みに入った印象があり、どんどん楽しいものになっていきました。

▼役になりきるプロセス・手法について

-「対話を経由し、キャスト自身が能動的に役になりきっていくその手法」が用いられていたそうですが、それはどういったものだったのでしょうか。

石橋征太郎(いしばしせいたろう) 長門浩次朗 役
対面でのワークショップで掴んだ役柄と実際僕自身が父親で設定と同年代の子供がいることで「浩次朗」が感じるであろうことがより具体的に体験できたことが大きいです。

相馬有紀実(そうまゆきみ) 林美琴 役
はじめに宿題でキャラクターシートのようなものを書きました。
自由に書いてよかったので、それも頭の中にありつつ、
私の場合は監督が動きや一気に言ってほしい場所など具体的にあったため、逆にその行動や動き、言い方がなぜそうなるのか、それにいたるように心を動かすのにはどうしていくべきか、その中でも自由に動き、自分でないとできない美琴にするようにするには、というようないつもとは逆アプローチの作り方で役作りをしました。
いつもは自由に芝居をさせて頂くことがほとんどなので新しい挑戦でいろんな方法で役にのぞむ楽しさが身についたと思います。

保坂直希(ほさかなおき) 瀬戸幸也 役
役になりきるという感覚よりは、役をどんどん身近に感じていくようになった気がします。自身の役に対して親しみや、行動の理由を馴染ませていく時間が多く取れたことは贅沢な経験でした。

■ お客様へのメッセージ

谷口雄一郎監督
現時点での集大成になったと思います。この作品を経たことにより、自分がどうなっていくか楽しみではあります。尺的にも内容的にも観やすい作品になっていると思います。普段映画をご覧にならない方とかにも是非観て頂きたいなと思っております。そういう作品になっていると思います。劇場で待ってます。

中村更紗(なかむらさらさ) 長門朱里 役
この作品は少し不思議な物語ではありますが、とても身近なお話でもあると思います。是非、家族やご友人、恋人、「あのこ」の事を感じながらご覧いただければ幸いです。

石橋征太郎(いしばしせいたろう) 長門浩次朗 役
大切に思える人、子供を持つ人には特に心に訴えてくるものがあるかと思います。人を想うことの物語。ご覧頂けたら幸いです。

相馬有紀実(そうまゆきみ) 林美琴 役
このお話しは相手のために嘘をついてしまいます。
優しい嘘です。
優しさってなんでしょうか。
この映画を見ると大切な人を思い出すと思います。
そして優しさについてもきっと考えるのではないかと思います。
そしてあたたかい気持ちになって頂けたら嬉しいです。

保坂直希(ほさかなおき) 瀬戸幸也 役
忘れたくなくても薄れてしまう事や、忘れたいのに心に刻まれてしまった事など、
人は「記憶」というとても曖昧なものと生きています。
この作品はそういった不確かなものにすがったり、都合よく利用したりする、人の弱さや脆さを描いてもいます。
でもそんなちっぽけで滑稽な自分を補うために僕たちは支え合い、想い合うのかもしれません。
様々な人間模様が行き交う、映画『あのこを忘れて』
是非皆様にも体験していただきたいです。スクリーンでお待ちしています。

壷田大貴(つぼたひろき) 古川誠人 役
この作品を観終わった時にどんなことを考えているのか、誰のことを考えたのか、お客様に聞いてみたいことがたくさんあります。
コロナ禍だから生まれたワークショップ作品であり、コロナ禍があったからこそより刺さる内容でもあり、大切な誰かがさらに大切になるきっかけになる作品になったら嬉しいです。

あのこを忘れて
壷田大貴

木村梨恵子(きむらりえこ) 長門千紗 役
ご覧いただきありがとうございます。
『あのこを忘れて』は、フォーカスするキャラクターによって、印象が変わる映画だなぁと思います。
一度観ていただいたら、ぜひ次は登場人物の一人(か二人)にフォーカスして観てみてください。
そしてその次は、また別の登場人物になりきって観るとおもしろいと思います!
それぞれのやさしさや愛に触れていただけますように。


■ 映画『あのこを忘れて』

ストーリー
ある病気の特効薬。その副作用は、特定の人を「忘れる」ことだった。
別れた恋人を「忘れた」男・瀬戸幸也。長年、幸也に片思いしてきた女・林美琴は、つい自分が恋
人だったとウソをついてしまう。
最愛の子供を亡くしたことを「忘れた」妻・長門千紗。夫・長門浩次朗は、そのまま、子供がいな
かったことにしようとする。平穏な暮らしを続ける彼らだが、歪みは少しずつ生まれていく。
それぞれの決断、そして、それがもたらす行く末とは……。
2組の男女と寄り添う人々が織りなす、悲しみと優しさに彩られた「あのこ」への物語──。

キャスト
保坂直希 相馬有紀実 中村更紗 紫藤楽歩 壷田大貴 白畑真逸 木村梨恵子 石橋征太郎

スタッフ
撮影・照明:春木康輔 録音・整音:小牧将人 衣装・ヘアメイク:平林純子 音楽:佐久間あすか
助監督:ニノミヤタカシ 撮影助手:太田英 美術・小道具:長居潤 スチール:いしはらだいすけ
 メイキング:森一沙 ビジュアルデザイン:東かほり 制作:柏木風子/中塚誠司 企画:映像演技塾
エグゼクティブプロデューサー:ヤスカワショウゴ プロデューサー:山元隆弘 
製作:映画創作ワークショップ/Hero.No.1Film 配給:Hero.No.1Film/キネマトワーズ
エンディングテーマ:「忘れないで 寄り添って」作詞 駒場吾妻/作曲 佐久間あすか/歌唱 椎名琴音
監督・脚本・編集:谷口雄一郎
2021年/日本/57分/アメリカンビスタ/ステレオ/カラー/DCP

公式HP http://anowasu.com

3/11より池袋シネマ・ロサにて二週間レイトショー

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