2025年11月2日(日)第38回東京国際映画祭の日本映画クラシックス部門にて、岩井俊二監督作品『スワロウテイル』(1996年公開)の4Kデジタルリマスター版上映が行われ、これに先立ち岩井監督によるトークショーが開催された。岩井監督は、映画公開から約30年の時を経て、当時の社会背景、物語の発想、そして自ら手掛けたリマスター作業について深く語った。

『スワロウテイル』は、「昔むかし、円が強かった頃」というところから始まるが、監督は「やっと時代に合ってきた」と述べ、この設定が現実と重なるまでに30年かかったと感慨を示した。映画が公開された1990年代は、編集作業をロサンゼルスで行った際のレートが基本的に1ドル=100円程度であり、良い時で80円や90円が出るなど、まさに「円がパワフルな時代」だったと振り返る。しかし、当時はすでにバブル崩壊もささやかれており、世紀末感が漂う時代でもあったという。
物語の舞台となる街は、円(ジャパニーズ・エン)の都「円都(イェンタウン)」と称されるが、そこに集う無国籍的なならず者たちは、円を盗む「円盗(イェン・タウン)」とも呼ばれ、同じ発音の言葉が展開する点が特徴的だ。監督は、当時「ヘイト」や「レイシズム」といった言葉はなかったが、現象としては存在しており、お互いがののしり合う言葉が同じである方がアイロニック(「皮肉な」「逆説的な」という意味で、意図や期待とは逆の状況や、矛盾した状況を指す)だと意図した。それは「結局自分に向かって石を投げているような感じになっていい」という考えから、この言葉のアイデアを思いついたと明かした。
この物語の発想のきっかけについて、最初に小説を書いてから映画化するという順序が多いという話が同日のトークショーで話題に出たことがMCから語られたあと、岩井監督は、『スワロウテイル』は、以前に撮影したハードボイルド作品『FRIED DRAGON FISH』の登場人物たちでパート2を作ろうというプランからスタートしたと説明した。しかし、制作を進める中で主人公が変わり、気がついたら現在の物語の形になっていたという。
また、映画は多国籍の人々が日本のある町に集う様子を描いており、30年近く経った今でも古さを感じさせない予言的な側面があると評されることに対し、監督は、未来を予想して書いたわけではなく、当時の入管問題や、そこで虐待されて亡くなる方など、当時からあった様々な問題を拾い集めて作った作品だと語った。その上で、問題が解決されていないため、結果的に現在見ても残ってしまっている問題があるのは残念だと述べた。
監督は、作中に登場する当事者たちを「気の毒に思って作ったわけではない」と強調した。岩井監督自身の作品作りにおいては、誰かを気の毒に思いながら作ることができず、むしろ憧れや敬意があって作るのだという。当時20代から30代だった監督自身が、慣れない国にワイルドにやってきて、タフに生きていかなくてはならないひとたちの持つエネルギーやサバイバル精神に非常に憧れを抱き、その憧れの産物としてこの作品が生まれたのだという。そのため、当時は「楽天的に作られている」「社会問題をなめてるのか」といった批判意見も一部にはあったと振り返った。
今回の4Kデジタルリマスター版の制作について、監督は「ほぼゼロからやり直し」だったと語った。通常、デジタルレストアの際は監督や撮影監督が色味や光の加減を調整するが、『スワロウテイル』は様々なアプローチが試みられており、16mmフィルムの使用やそのコピー作業など、当時何をしたかを覚えているのが監督自身しかいなかったためだ。監督はスタジオにこもり、2週間かけて手作業でやり直すという作業を行った。これは「私服の時間でもあった」とし、当時のことを思い出しながら触らせてもらった結果、「オリジナルに近いのではないか」と感じられる、最初に意図したフィルム時代の感じを一生懸命思い出しながら作ったものを、観客に味わってほしいと締めくくった。