映画『アリスの住人』制作の経緯。多くの人達に知ってほしいこと。

映画『アリスの住人』制作の経緯。多くの人達に知ってほしいこと。

12月4日から映画『アリスの住人』の上映が池袋シネマ・ロサで開始。上映初日には劇場は満席となった。本作の製作・脚本・編集・監督を務める澤佳一郎監督とつぐみ役を演じる主演の樫本琳花さんに取材の機会をいただき、本作制作および参加の経緯を伺った。
『アリスの住人』には、「不思議の国のアリス症候群」や「ファミリーホーム」といった聞き馴染みの無い言葉が登場する。作品を観る前の事前知識、鑑賞後に理解を深めるための情報として、映画を観に来る方の手引となるようにお話を伺いました。

アリスの住人
澤佳一郎監督、樫本琳花
目次

■映画『アリスの住人』がつくられた経緯、その理由とつながり

▼作品づくりのきっかけ

-映画製作の経緯を教えて下さい。キーワードとして、まず“出演俳優の「叶えたいことを叶えられる映画」を作ってみたいという気持ち”から企画が立ち上がったというコメントがあったのですが、この発想はどういったところからうまれたものなのでしょうか?

澤佳一郎監督
他の取材でも質問されたのですが、自分は覚えていないんです。しばらくの間、僕の作品をずっと上映をさせてもらっていたこともあって、映画を撮る・作ることを出来ていませんでした。なので、映画を撮りたいということをまず自分の中で決めました。
そこでどういった映画がいいのかと考えた時に、僕はドキュメンタリーの出身で、(作風も)フィクションとドキュメンタリーといった感じだと思ったんです。なので、潜在的に僕の中にあるのかもしれないですけれど、ご出演いただく俳優の人たちにもリアルなところ・実生活のところも、映画の中に入れてもらえたらと思いました。
では、どういうことができるのかと考えた時に、リアルな実生活の中で叶えたいものを聞いて、それをストーリーに織り込めたら、何かが映るんじゃないかなと思って、その企画を打ち出しました。

アリスの住人
澤佳一郎監督

▼出演俳優の叶えたいもの「天白奏音さんの場合」

-莉子役の天白奏音さんは、自転車の練習シーンが映し出されていますが、自転車に乗れるようになることが天白さんの夢だったのでしょうか。

澤佳一郎監督
自転車に乗れるようになりたいというのが彼女の叶えたいことでした。撮影前までは自転車に乗れていなかったんです。「撮影前までに乗れるようにしましょう」といった話だったのですが、撮影当日まで乗れない状態でした。なので、カメラが回っていない時に、彼女は必死でずっと練習していて、みんなも応援したりサポートしたりしていました。
そうしたら撮影のときに、自転車に乗れるようになったんです。その時の感動が画面にどれぐらい映っているかはわかりませんが、現場にいた僕たちはとても感動しました。

▼出演俳優の叶えたいもの「合田純奈さんの場合」

-ファミリーホームのシーンで、つぐみや賢治に座敷童子がみえるシーンがありました。二人から見える姿はそれぞれ異なるものでしたが、二人の共通点であるように感じました。座敷童子にはどういった狙いがあったのでしょうか?

澤佳一郎監督
あのシーンの元になっているのは、合田さんが考えた「叶えたいもの」がそういう存在だったんです。僕としても脚本を書き終わってから、自分と対話するというか自問自答をするわけです。前作『モラトリアム』で、「自分と対話するのって難しい」というものをメッセージにしていました。
自問自答をする時に、自分なんだけど、自分じゃない人を置きます。それは簡単に言えば話し相手を置きたいということになります。「不思議の国のアリス」では、“チェシャ猫”というのが出てくるのですが、それはアリスを邪魔する存在です。
今回の物語の中では、話し相手になって何かアドバイスするわけじゃないけれども、導くというか、話すことで毒が抜けていくといったものを存在として置きたい考えがありました。どういう人たちにこの存在が見えるかというのは、モラトリアム(自己のイメージを自身内で考える)の中にいる人たちに見えることになります。あの中ではつぐみと賢治、莉子ちゃんや多恵たちにも見えていることになっています。

▼出演俳優の叶えたいもの「樫本琳花さんの場合」

-出演者を選ぶにあたって、ワークショップオーディションを開催したそうですが、先程のキーワードである「出演する役者さんが「叶えたいことを叶えられる映画」という部分で、樫本さんにはどういった「叶えたいこと」があったのでしょうか?

樫本琳花
実はこの映画で、私だけがそのテーマが役に反映されていないんです。

アリスの住人
樫本琳花(主演・港つぐみ 役)

澤佳一郎監督
確か、樫本さんの叶えたいことは「医者に成りたい」でしたよね。

樫本琳花
私には芸能活動を辞めた時期がありました。その理由が看護師になりたいということでした。医療に興味がある時期があって、それを作品の中で役として叶えられたらいいなと思っていました。その時期にワークショップの募集を見て、応募の際にそのことを書きました。
私の叶えたいことの内容が作品の中に織り込むのは難しいので、私の個人的な願望は入ってはいません。ただ、私はその時に、役で医療に関わる医者や看護師をやりたいということを書いていました。

▼「父親」、「児童虐待」、「ファミリーホーム」というキーワード

-作品作りにあたって、“出演俳優の「叶えたいことを叶えられる映画」”という企画から、「児童虐待」や、その家庭では暮らせない子どもたちを養育する住居・家庭である「ファミリーホーム」につながる経緯にはどういった流れがあったのでしょうか?

澤佳一郎監督
俳優さん達の叶えたいものの中に、「父親」というワードがかなり出てきたんです。僕も父のいない環境で育っています。そこに僕自身が父親になったばかりということもあったので「父親」に関して触れておくべきテーマ、キーワードだと考えました。
俳優さんたちの叶えたいものに多くでてきた「父親」というワードが自分の中で大きな存在として響いてきたんです。

-俳優の方々から叶えたいものとして出てくるワードの中の「父親」は、役者さんとその父親との関係に、どこか悩まれていたり、改善したい・何かを叶えたいといった話が多かったのでしょうか?

澤佳一郎監督
父親との関係に悩んでいたり、改善したい・叶えたいこととして、そういったワードがでてきたんだと思います。今は、離婚していても、以前に比べて普通に見られていると思いますが、昔はやはり偏見のようなものがあったと思いますし。

-「父親」との関係の改善といったところから、「児童虐待」や「ファミリーホーム」につながる流れを教えていただけますか?

澤佳一郎監督
「父親」というキーワードを俳優の方々から多く受け取ったことと、僕自身が父親になったばかりだったというのが前提にあります。僕自身が幼い頃、しつけという名で暴力を受けていたこと、自分の子どもにもそうしてしまうのではないかということを怖れていました。
なので、児童虐待の被害者、加害者の気持ちを考察しておくべきだと思ったんです。それは父になったばかりの自分への戒めとしても、この映画を作りたいという思いに繋がっています。なので、テーマの1つとして「児童虐待」の方に推移していった感じです。

-ドキュメンタリー分野を出身とする澤監督ならではの流れで、関心を持った部分について、題材として調べる流れで推移していったようですね。

澤佳一郎監督
元々いろいろ考えたり調べたりというのが好きです。なのでこの映画を作る前から、ニュース等で見ていたものを映画を作るにあたって深掘りしていったことを感じます。

▼「アリスの住人」とのつながり、「不思議の国のアリス症候群」について

-映画のタイトルの中に含まれている「アリス」は、劇中のつぐみが抱える「不思議の国のアリス症候群」と結びつくと思います。先ほど、澤監督自身がいろいろ考えたり調べたりが好きという話をありましたが、監督ご自身も、小さい頃に感じたというつぐみと同じ症状は、今回の映画作りで調べるうちにご自身もそうだったと気づくことに繋がったのでしょうか?

澤佳一郎監督
僕自身が小さいときに、自分の体を小さくまたは大きく感じることや時間の進み具合に違和感を抱く症状がありました。それは大人になってからはなくなりました。いろいろなシンドローム(症候群)、例えばピーター・パン症候群などを調べていく中で、「不思議の国のアリス症候群」というものがありました。それをさらに調べて見たら、「これは自分自身が小さいときに経験していたもの」と合致しました。

-自分自身で考え動くことで、それまで知らなかった自分のことにたどり着くというのが不思議で、すごいことですね。そして、映画『アリスの住人』がつくられた経緯が分かりました。

■樫本さんと澤監督主催のワークショップオーディションについて

▼樫本さんのワークショップ参加のきっかけ

-澤監督主催のワークショップオーディション(以下、WSオーディション)は、4回行われて、樫本さんは4回全てに参加されたそうですが、まず、樫本さんがこのWSオーディションを応募するきっかけは何だったのでしょうか。

樫本琳花
映画制作・製作支援サイトのシネマプランナーズの出演者募集やオーディション情報を私はいつも見ています。その中に今回の「WSオーディションを開催します。」というのを見つけたんです。その内容の中にあった「自分の叶えたいことを書いてください」という一文を見て、単純に興味本位から「面白そうだな」と思ったんです。
お芝居に触れたい時期で、自分からきっかけを作って、たくさんお芝居に触れたかったのでワークショップを探していました。その中で目に留まって応募しました。

▼澤監督と出会っての感想は?

-そのワークショップオーディションで樫本さんは澤監督と出会ったわけですが、澤監督に対する印象はいかがでしたか?

樫本琳花
ワークショップや監督って自分よりも人生もお芝居のことに関してもたくさん経験を積んでいる方が多いので、自分に自身がない状態では「怖い…」と身構えてしまう部分がありました。
ところが初回に澤監督から、「こういうワークショップをしているときは、同等の立場で一緒に芝居をしてもらって、それに対して、こういうのがいいと思うと伝えます。」と言っていただけたんです。
それが私にはとてもやりやすい環境でした。それは私には初めての体験と空気感でした。ワークショップに行くと私はとても緊張するタイプなのですが、緊張せずに芝居をすることができました。澤監督に、お芝居をすることに対しての恐怖感を拭ってくれるタイプであることを感じました。

▼澤監督が心がけているものと監督の役割

-澤監督がワークショップの開催や映画を撮る上で心がけていることにはどういったものがありますか?

澤佳一郎監督
映画を作るには、撮影部、照明部、俳優部、その他にもいくつかの役割をもつ部があって、監督が先頭に立って統括して引っ張っていくことになります。
自主制作映画の監督って、監督の役割だけではなくて、プロモーションもそうですし、いろいろなものを兼任していると思います。そういったいろいろな役割の人を見ていく中で、この人たちがいるから成り立つということがより実感できています。
僕の役割は監督を含む全体を統括する役割で、俳優部の方たちにも役割があって、そこは映画を作っていく中では同等なので、「頑張っていこうぜ!」というような話をしたことを思い出しました。

アリスの住人

▼監督に見みられていたもの、感じ取ってくれたもの

-出演されている淡梨さんからのコメントに、ワークショップにおいて芝居をみることに加えて、「澤監督は人となりを見てくれたんじゃないか」という話があり、そこが嬉しかったという声がありました。
監督と接してみて、樫本さんはどういったところを見られていると感じましたか?

樫本琳花
私は芝居の経験がその当時ほぼない状態でした。なので技術面は全く自信がなかったんです。けれど、澤監督は技術的なものだけじゃなくて、その人が出す空気感というものを感じ取ってくれていたのではないかと思います。そこで、「あなたの強みはこういうものだと思うよ」と言ってくださいました。そういうものが澤監督とのやりとりであったので、「人となりを見てくれていた」という淡梨さんの言っていることはとても分かります。

■樫本さんがモデルからお芝居の世界を目指したきっかけと本作への取り組み

▼モデルからお芝居の世界へ

-樫本さんがセブンティーンでモデル活動をされていたところから、お芝居を目指そうと思ったきっかけを教えて下さい。

樫本琳花
セブンティーンに所属していた時に、事務所主催の小さな舞台に出演したことがありました。きちんと舞台や映画に出たことはなくて、その後の進路を迷っているときに就職しようと思って一旦芸能活動を辞めました。辞めて芸能の世界から離れたことによって、自分がまだ挑戦していないことがたくさんあったなと思いました。
その時にまず出てきたのが「お芝居をやりたい」という気持ちでした。それで高校を卒業して活動を再開する時に「お芝居がやりたい!」と思い始めて、オーディションを受けるようになりました。

▼WSオーディションへの4回の参加と樫本さんの成長

-監督のコメントに樫本さんが参加された4回の中で、1,2回目は経験不足があり、3回目以降に良くなってきたといった話がありました。樫本さんの成長について教えていただけますか?

澤佳一郎監督
樫本さんには、WSオーディションに4回参加していただきました。前半の2回で参加が終わっていたら、樫本さんをキャスティングしたかどうかは今はもうわかりません。1,2回目は脚本なしで、3回目と4回目は脚本ありのワークショップでした。
1、2回目はどちらかというとセリフも何も吐かずに動きだけのお芝居をしてもらいました。それが脚本を持った瞬間に、樫本さんは何かがすごく変わったのを感じました。1,2回を経ていろいろ身につけてきたのかはわかりませんが、脚本の世界観にガンッとハマってくれました。
ワークショップでやるものなので1、2枚ぐらいの脚本なのですが、とても読み込まれていて、そこに出てくる人物の背景も、すごく考えて演じてくれているのを感じました。3回目は(その動きが本物かどうか)信じられなかったんです。
でも4回目で「やはり、そうなんだ」と確信できました。そこで、僕の中で「いつかご一緒したい」と言うものになりました。
その時は誰に対しても、「今回の『アリスの住人』はこの子で行こう」というのは思っていませんでした。それが脚本を書き上げたときに、やはり樫本さんかなと思って、脚本が書き上がる前から早めに連絡しました。「樫本さんには作品に出演してほしいと思っていて、こういう役なんだけど。」と出演依頼と人物像をお話し、「撮影のときには、つぐみになってくれているように」と伝えました。

▼“死んだ魚の目”の話

-WSオーディションで演じた際の樫本さんの「死んだ魚の目」のようなものが印象的だったと澤監督がコメントされていますが、樫本さん自身は目について何か意識されていることはありますか?

樫本琳花
「死んだ魚の目」について意識はしていません(笑)
今まで映画の経験はなかったのですが写真やミュージックビデオに出演した際に、眼が印象的だと伝えていただくことが多かったです。それはポジティブに自分の強みだと思っていようとは思っていました。ただ、「死んだ魚の目」をしようとは思っていないですね(笑)

澤佳一郎監督
WSオーディションの時に、彼女に関するギャップを僕は感じたのかもしれません。彼女は普段は明るく、素直なところに、ふと見せる表情のときに、何かそういう目をしているのを感じました。樫本さんがリアルになにかを抱えているかはわかりませんが、この目はつぐみに必要だなと感じました。

アリスの住人

▼プロットの段階から樫本さんに

-樫本さんが監督から脚本を渡されて、撮影までに3ヶ月あったそうですが、その間に調べたこと考えたことを教えて下さい。

樫本琳花
私自身はつぐみと違って、家庭環境にわりと恵まれて育ったと思っています。最初にお話を聞いたときにつぐみについて簡単に理解できるものではないなと思いました。
つぐみになりきるのは本当に難しいと思ったので、「私が一番つぐみに近い存在でいるようにしよう。つぐみに寄り添えるようにしよう。」ということを強く思いました。ファミリーホームについても私は当時、児童養護施設しか知りませんでした。
なので、「そういうものがあるんだな」と思って、ファミリーホームがどんなものなのか調べました。また、私はお芝居をきちんとしたことがなく、自信が全くなくてかなり不安でした。つぐみ自身は自信満々な役ではないし、常に不安を抱えている人物像だったので、そこも含めてクランクインしてからキャストの方々には沢山頼ろうと思っていました。

-性質は違いますが、不安を抱えているという意味では共通点があったのかもしれませんね。

▼樫本さんはつぐみをどのように捉えて芝居に活かしたか

-樫本さんとしては、つぐみをどういう人物だと捉えて、お芝居に反映させましたか?

樫本琳花
つぐみは常に普通になりたい・普通を探し求めている子だと思いました。だからこそ、悲観になっている瞬間のつぐみはやはりいるのですが、ファミリーホームだとか、自分が少しでも心が許せるような空間だと、どこにでもいるような明るい女の子でいたと思います。
多分、当たり前に楽しく生きている女の子に心からなりたいと思っているけれど、過去のトラウマによって悲観的になってしまう瞬間もやはりあったと思います。ファミリーホームで一緒に住んでいる人たちと関わることによって自分を普通に保っている・普通に近づけていると思うので、つぐみ自身は多分ファミリーホームがとても好きだろうなと、思っていました。

▼樫本さんと淡梨さんとのエピソード

-賢治役の淡梨さんと、共演するシーンが多かったと思いますが、撮影中のエピソードはありますか?

樫本琳花
撮影中は、2人のシーンも多かったので、結構、間の時間にもいろいろ話しました。淡梨さん自身がとても面白い考えをたくさん持っている人でした。私自身も淡梨さんの話を聞きたいと思ったのと同じように、淡梨さんの出す空気感が賢治に反映されていました。
そこにつぐみも惹かれるものがあって、私と淡梨さんの関係性と、つぐみと賢治の関係性は付き合うとかそういうものではないけれど、似たものがあったのではないかなって思っています。私は撮影中に淡梨さんの話を聞くのが楽しかったので、惹かれる部分には似たものがあったと思います。

▼お気に入りのシーン

-お気に入りのシーンはありますか。

樫本琳花
完成した映画を見た時にファミリーホームにいる時のつぐみの明るさに、そこでしか出ていない空気感があってとても好きです。ファミリーホームの空気感というか、お芝居をする中でも、自然とファミリーホームの人たちに心を許したことによって、生まれた空気感に温かいものを後から見て感じられました。1人でいるシーンにはない温かみがあったので、ファミリーホームのシーンが好きです。映画を見ていて、唯一安心できるシーンなので。

■作品に出てくる比喩。監督が気づいたこと。映画と音楽をめぐるエピソード

▼桃に含まれる意味

-作品の中で、桃が登場していて、つぐみの父が口にするシーンがクローズアップされています。桃というと、その形状やしたたる果汁から、ヒップだったり性的な意味で使われることがありますが、どういった狙いがあったのでしょうか。

澤佳一郎監督
表現としてはまさにそれです。桃は女性のお尻として比喩されることが多いと思います。
桃はすごく食べにくくて、綺麗な食べ方もあると思いますが、果汁を滴らせながら食べることで見た目が汚くなるんですよね。僕はいつも汚くなってしまうので、そのことが「見たくない光景」というものに変換されていって、女性を象徴するものと見たくない光景というもので、桃を使っています。

▼性的虐待を受けた子たちの意外な傾向

-監督のコメントとして、映画のために調べていく中で、性的虐待を受けた子たちが風俗で働く傾向がある話がでてきましたが、その理由のひとつとして自傷行為ではないかといった話がありましたが実態はどうなのでしょうか?

澤佳一郎監督
性被害者が風俗で働き、それが自傷行為だと明言するものはありませんでした。僕はいろいろと調べる前は、性被害者は性的なものは遠ざける傾向があるのではないかと思っていました。様々な人のお話を聴く中で、性的な虐待を受けたことにより、性に対する倫理観のようなものが破壊されていて、抵抗を感じずに働いているんだけれども、無意識な所では「ここにいてはいけない」といったものがあるのではないかと考えました。
「自傷行為=生きている実感」だと僕は考えているところがあります。「死にたい」という気持ちを止める行為なのかなと思いました。

▼ファミリーホームと卒業

-ファミリーホームについて教えていただきたいと思います。ファミリーホームに入ったら、一定の年齢までに出なければ行けないルールがあるのでしょうか。

澤佳一郎監督
18歳の高校卒業と同時に出ないといけないことになっています。もちろん延長申請もできるそうなのですが、基本的には18歳の高校卒業までになっています。

-つぐみが何歳でファミリーホームに入ったという設定はあるのでしょうか?

澤佳一郎監督
「何歳」という設定というか、夜に徘徊していて、補導されることが多くなって、警察から児童相談所に通報が行って、児童相談所の人たちが家に行って、養育環境ではないという判断をして、ファミリーホームに入所するっていう設定です。
僕の中では何歳に入ってきたっていうのはないです。莉子ちゃんはファミリーホームに入ってきたばかりなのですが、多恵とつぐみの関係性としては3年ぐらいは一緒にいるということが僕の中にありました。

▼澤監督とレイラーニさんのつながり

-レイラーニさんの起用の経緯を教えて下さい。

澤佳一郎監督
レイラーニさんは現在「中嶋晃子」さんという名義で活動されています。僕の前作の映画『モラトリアム』の主演の尾身美苗さんの知り合いで、上映時に観に来ていただきました。そこで紹介していただいたときに「シンガーソングライターの晃子さんです」とご紹介いただきました。
そこから妻を連れてお家に遊びに行ったりとか、ライブにご招待いただいたりといった交流が続いていく中で、晃子さんのFacebookへの投稿をある日見ました。
そこで晃子さんが、「まだ聴いてくれている人がいて嬉しい」とか、デビューから今までの話をされているのを見て、僕は「晃子さんがレイラーニなんだ」と知って驚きました。
昔から尾崎豊さんの楽曲をかなり聴いていたので、トリビュートアルバム(「 GREEN 〜A TRIBUTE TO YUTAKA OZAKI」)ももちろん聴いていました。それがちょうど脚本を書いていた時だったんです。脚本を書き終わっても、ずっと頭の中で、曲が流れていたというか、脚本を書き終わっても、この歌を流してイメージと合致したら、ダメ元でも言ってみようと思って晃子さんに相談して話が進んでいきました。

■お客様へのメッセージ

-作品を観にいらっしゃるお客様へのメッセージをお願いします。

樫本琳花
私はこの作品ができて宣伝をするときになって、一番宣伝が難しいなということを今実感しています。
「絶対に面白いから観てください!」という作品ではないので、どういうふうにおすすめしたらいいのかなっていう部分にはとても慎重になってしまいます。でも私自身この映画を通して初めてファミリーホームというものを知りましたし、つぐみたちはファミリーホームにありつけただけ幸せだと思っています。
今、複雑な家庭環境の中で我慢している子たちがたくさんいると思います。なのでこの作品が少しでも多くの人に届いて、選択肢の一つになってくれたらいいなと強く思っています。たくさんの人の目に触れてほしいと思います。

-私もこの映画がなければ、長い間、ファミリーホームについて気づかなかったと思います。

澤佳一郎監督
ファミリーホームというものが出来て、まだ10年から15年ぐらいの制度なんです。

※ファミリーホームは、いくつかの都道府県で里親型のグループホームとして行われていた事業を平成20年(2008年)の児童福祉法改正により「小規模住居型児童養育事業」として全国的に実施されるようになった制度

澤佳一郎監督
樫本さんと似てしまいますが、一言で言うならば、「子供たちが生きていきやすい世界になればな」という気持ちです。樫本さんに言ってもらった通り、多くの人が児童虐待であったりとかファミリーホームというものが「どういったものなんだろう」とか「そういうものがあるんだ」と知ったとします。
その方たちの周りの悩んでいるお母さんに「こういうのがあるよ」と言えるだけでも、すごい前進なのではないかと思っています。今そういう環境にいない人たちに観てもらう方が僕は大事だと思っています。「ファミリーホームを初めて知りました」と言われることが僕はとても嬉しいです。

アリスの住人

■映画『アリスの住人』 作品情報

STORY
実父から性的虐待を受けたつぐみは、その事実を母親に打ち明けられなかった。その後悔とトラウマに囚われながらファミリーホームで過ごしている。もうすぐ高校卒業し社会に出ていかないといけない社会に出る準備をしないといけない年齢。今ある日常をどのように変えていけばいいか…。そんなある日、賢治という青年と出会う。自分が飲み込まれそうな気持ちになるという理由から海へ行ったことがないと話すつぐみに賢治は海へと誘うが、つぐみの心の準備は間に合わず断念する。徐々に賢治に惹かれていくつぐみだが、思いもよらぬ悲劇が待っていた・・・

キャスト
樫本琳花 淡梨 しゅはまはるみ 伴優香 天白奏音
久場寿幸 合田純奈 みやたに 大山大 萩原正道 太田翔子
蓮田キト 荻野祐輔 小春 るい乃あゆ 獣神ハルヨ 森下さゆり
遠藤史也 たなかあさこ 小澤雄志 赤江隼平 山下徳久 大石将弘 山谷ノ用心

スタッフ、クレジット
原案・脚本・監督・編集:澤佳一郎|助監督:曽我真臣 合田純奈|撮影:温水麻衣子 髙田裕真
録音:川上翔生|ヘアメイク:蓼沼仁美 片山智恵子 藤澤和紀|音楽:伊藤求
制作:大石知恵 久場寿幸 高瀬満寿保|Executive Producer:宮崎和紀|後援:一般社団法人 日本ファミリーホーム協議会 主題歌:『群衆の中の猫』作詞・作曲:尾崎豊 編曲:Tomi Yo 唄:レイラーニ
英題:Resident of Alice|©2021 reclusivefactory
製作・配給:reclusivefactory〔2021|日本|カラー|DCP|アメリカンビスタ|ステレオ|64分〕

公式Twitter https://twitter.com/film_of_alice

公式サイト https://www.reclusivefactory.com/alice

12月4日(土)池袋シネマ・ロサほか全国順次公開

アリスの住人

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