映画初挑戦にして中之島映画祭グランプリを受賞し、限定上映では全回満席でサーバーダウンを記録する大反響を呼んだ『レンタル家族』。2026年7月31日からの全国公開を前に、上坂龍之介監督にお話を伺いました。若くして映画の夢を封印した監督が、2022年夏の祖父の死を機に一念発起し、予算400万円・10日間の過酷な撮影を駆け抜けた背景には、奇跡的な「運」と温かい「人との縁」への深い感謝がありました。自主制作の裏側から、作品に込めた「これからの人間関係の肯定」という切実な願いまで、監督の覚悟と情熱を届けます。

ー本日はよろしくお願いいたします。まずは制作のきっかけや経緯について伺わせてください。小学生の頃に映画監督を志し、一度はその夢を封印されたそうですが、お祖父様との別れをきっかけに初監督に挑む決意を固めるまでの心の変化についてお聞かせください。
上坂監督: 祖父は、僕が映画監督になりたくて上京した理由を知ってくれていました。でも、僕が28歳くらいの時に祖父が亡くなってしまって、お葬式で対面した時にびっくりするくらい涙が出てきたと同時に、「映画を見せられなかったな。何しに東京に行ったんだろう」と強く後悔したんです。当時20代後半で子どももいて、今から助監督を始めるというわけにもいかなかったので、「だったらもう自分で映画を撮ってしまおう」と決意して作ったのがこの『レンタル家族』です。 今、母方の祖父が人工透析をしていて長時間の移動の負担が大きいので、兵庫の映画館なら行けると言ってくれています。この作品が最初で最後になるかもしれないので、なんとしても東京で盛り上げて、関西の祖父に届けたいという思いが強くあります。
ー本作のテーマについて、「日本の決めつけがちな家族関係の形にとらわれず、もっと自由でいい」と語られています。このテーマはどのような思いから生まれたのでしょうか?
上坂監督: 10年ほど前、僕が大学生の頃から感じていたことなんですが、本当は愛し愛される存在なのに、社会的地位や年齢、性別といったものが邪魔をして、心通う存在と一緒にいられない、人間関係を堂々と継続できないという状況を周りを見ていて感じていました。今回のテーマは「これまでの人間関係の否定とこれからの人間関係の肯定」ですが、そういった邪魔をするものをなくして、心を通わせられる繋がりを肯定したいと思ってこの作品を作りました。
ーキャスティングでは2日間で約500人ものオーディションを実施されたそうですね。数多くの候補者の中から、主人公・洋子役に荻野友里さんを抜擢した決め手は何だったのでしょうか?
上坂監督: 朝8時から夜10時までぶっ通しでオーディションをしたんですが、荻野さんは初日の午前中の早い段階で来てくださって、ほぼ即決に近かったです。荻野さんから感じられる雰囲気や柔らかさ、品の良さが、僕の母の友人である実際のモデルの人物の根っこの部分にすごく近かったんです。荻野さんが序盤で決まってくれたおかげで、全体のバランスが見やすくなり、他の俳優さんたちもすごく選びやすくなりました。
ー映画制作はほぼ未経験でありながら、制作費約400万円、10人ほどのチームで10日間で撮りきったというエピソードに驚かされました。助監督もいない手探りの環境の中で、どのように困難を乗り越えられたのでしょうか?
上坂監督: 普段から僕が制作会社で一緒に仕事をしているメンバー、カメラマンやヘアメイクさん、キャスティングの方などにお願いできたのが大きかったです。体力的にしんどいのは我慢できても、人間関係のストレスが一番現場を繊細にしてしまうと思うので、それが全くなかったのが本当にありがたかったです。 また、今回は運にもすごく恵まれました。雨を降らせたいシーンで本当に雨が降ってくれたり、録音部の方も素敵な方を紹介していただいたりと、本当に人と運に助けられた現場でした。
ー「演じる人を演じる」という難しい役どころでしたが、松下役の龍輝さんや朱里役の中本りなさんとは、この「虚実」のバランスについて現場でどのようなやり取りをされましたか?
上坂監督: 共通してお伝えしたのは、「まずはベースとなる人物(朱里や松下)になってください」ということです。その上で、仕事として「娘・紗奈」や「夫・創」をやるという意識で、最初は紗奈を意識しなくていいと伝えました。ベースの人物像ができてから、その上に乗っかるものだと思ったので、そこは気をつけました。子役の中本りなちゃんも本当によくやってくれたと思います。
ー洋子が職場で気丈に振る舞う一方で、松下の前では溜め込んでいた本音を涙ながらに吐き出すシーンは本作の大きな見どころです。感情が溢れ出るシーンの撮影において、こだわった演出などはありますか?
上坂監督: 洋子に限らず、社会で働いている方々には、仕事で気を張っている場所と、心を落ち着かせる場所の2つがあると思うんです。洋子の場合、本当の家族である両親や職場の人たちには明かせない本音を、レンタルサービスという第三者である松下豪や朱里にはありのままで接することができた。出会い方や関係性の定義は変わっていくもので、マッチングアプリが普通になったように、出会う場所が邪魔をして本来心通わせられる存在と一緒にいられなくなることを描きたかったので、このシーンはすごく重要でした。
ー映像の美しさや空気感も本作の魅力ですが、カメラマンのJOJIさんたちと、映画全体のトーンや画作りについてどのような議論をされましたか?
上坂監督: 日常の切り取りがテーマだったので、できるだけナチュラルで自然体な演技を役者さんには心がけてもらいました。また、喋っている人だけでなく、言葉を受けた側の「受けの表情」を大事にしてカットを決めました。僕は是枝裕和監督を最も尊敬していて、今回は予算の都合でレールが借りられないなどの制約はありましたが、是枝監督の画角ややり方を教科書にさせていただきました。
ー不眠旅行さんが手掛けた主題歌「homes」のメッセージは、劇中の「幸せのオーダーメイド」というコピーとも深く共鳴していると感じます。この楽曲を主題歌に起用した経緯を教えてください。
上坂監督: 彼らのミュージックビデオを僕らが撮る機会があって知り合いました。僕の映画作りの根底には「人の優しさを信じる」というテーマがあって、主題歌が流れる時に洋子や作品に寄り添ってくれる、ボーカルのモエカさんの声の安心感と優しさ、そして作詞のototaroさんの純粋な心に惹かれてお願いしました。 実は不眠旅行は解散してしまったんですが、ファンの方から「この映画で不眠旅行の曲を広げてほしい」と声をかけていただいたんです。彼らが素晴らしい楽曲を提供してくれて僕も助けられたので、ファンの方々に恩返しするためにも、何としてもこの作品を広めたいと思っています。
ー新宿の限定公開では全回満席となり、サーバーがダウンするほどの反響でしたが、こうした周囲の熱気やご家族の反応をどう受け止めていらっしゃいますか?
上坂監督: 本当にありがたいとしか言いようがありません。毎日チラシを配ったりはしていましたが、まさか満員になってサーバーまで落ちるとは思いませんでした。 今回、予算の捻出も普段お仕事をいただいているクライアントさんからの利益で作らせていただきましたし、K’s cinemaの家田さんや配給のラビットハウスの増田さんなど、本当にたくさんの人に支えられました。僕はただただ、出会った人たちとの繋がりと運に恵まれていると心から感謝しています。
ー最後に、これから劇場で『レンタル家族』をご覧になるお客様へ、メッセージをお願いいたします。
上坂監督: 僕の初めての自主映画で、反省も多い未熟な作品かもしれませんが、当時の僕とスタッフが全力でベストを尽くして作りました。 この作品は、家族でも、恋人でも、友達でも、仕事関係の人でも、どんな関係値の方でもいいので、ぜひ「自分の大切な存在」と一緒に観ていただきたいです。そして、この映画を観て、少しでも人の優しさを信じてくれたら、この作品を撮った意味があるのかなと思っています。ぜひ劇場でご覧ください。
映画『レンタル家族』
監督 上坂⿓之介
脚本 ⼟井涼介/上坂⿓之介
出演 荻野友⾥/駒塚由⾐/⿊岩徹/⿓輝/中本りな/松林慎司/中村芽⽣/⽥崎礼奈/⽥中壮太郎/鈴⽊浩⽂/⼩野孝弘/保⽥賢也/⽩⽊博⼦/⼩野翔平/荒岡 ⿓星
作品データ
2025年/89分/日本/16:9/カラー/5.1ch/DCP
配給
KOHSAKA Pro/©KOHSAKA Pro
2026年7月31日(金)新宿K’s cinema ほか全国順次公開
