2025年5月16日、東京・新宿武蔵野館にて、アニメーション映画『無名の人生』の初日舞台挨拶が開催された。本作は、2021年にコロナ禍を機にiPad一つで独学でアニメーション制作を始めたという鈴木竜也監督の長編デビュー作となる。監督がたった一人で1年半を費やし描き上げたこの作品は、生まれてから死ぬまでに様々な呼称で呼ばれた主人公の波乱に満ちた100年の生涯を描き出す。舞台挨拶には、鈴木監督に加え、主演のACE COOL、田中偉登、宇野祥平、猫背椿、鄭玲美、鎌滝恵利、西野諒太郎(シンクロニシティ)、津田寛治ら、世代やフィールドを超えた異色のキャスト陣が登壇し、公開初日を迎えた喜びを語った。

■ アニメーション映画『無名の人生』の初日舞台挨拶
舞台挨拶は、まず鈴木監督が観客への感謝を述べつつ、「すごい映画が誕生したなと思っています」と作品への思いを語った。鈴木監督は、短編アニメーションを2本制作した後に「長編といえば長編だろう」と思い立ち、本作の制作を始めたと明かした。制作のきっかけは「無名の人生」というタイトルが最初にパッと浮かんだことで、「名前と人生の映画を作ればいいんだな」という「見切り発車」の部分もあったと述べた。

構成などは最初からあったものの、脚本はあえて準備せず、「思いつくがままに書いてった」という。作品では、仙台のいじめられっ子の少年がアイドルを目指す物語を皮切りに、主人公の生涯を、高齢ドライバーや芸能界の闇、戦争などといった現代社会のセンセーショナルな問題を背景に、全10章で描いており、章ごとにタッチや色彩が変化する独特なアニメーションとなっている。
本作のキャスト陣について、監督は自身初の大きな作品作りであり、「事務所のしがらみとかじゃなく本当にその人がいいから選んだ」という「バラバラな個性」が集まったキャスティングになったと語った。アフレコは、ほとんどのキャストが声優未経験であったにも関わらず、「全員、巻き(予定が前倒しで進む)だった」というほどスムーズに進んだという。キャラクターの表情がないという作品の特性をキャストが最初から感じて持ってきてくれたため、「すごくやりやすかった」と振り返った。
主人公の声を担当したラッパーのACE COOLさんは、普段声優のオファーを受けることが初めてで、まして主演ということに最初は「何日か悩んでた」と告白。しかし、監督からDMで送られてきた依頼理由の「すごい長文」を読んで「ふに落ちて」、改めて作品を見直した上で出演を決めたと明かした。

主人公の親友・キンちゃん役の田中偉登さんは、アニメが好きで声優の仕事に興味があったものの機会がなかったため、今回のオファーを「とにかくやってみよう」と受けたという。監督と会った際に、監督が主人公に「そっくりだ」と感じたことや、一人で作品を書き上げた監督の「熱量に圧倒された」ことが出演の決め手となったと語った。声優初挑戦で「ドキドキとワクワク、不安もあった」が、先行上映の感想を見て「すごく反応が良くて嬉しい」と述べた。

主人公の父・ひろし役の宇野祥平さんは、「一人でアニメーション作られてる」監督の挑戦に「参加したい」と思ったと述べ、完成した映像が「すごい面白くて、正直声入れない方がいいんじゃないかと思った」ほどだったと絶賛した。監督は「優しい静かな方」だが、「作品は本当に凶暴」で、「ロールキャベツみたいな」そのギャップに監督の魅力を感じたという。

キンちゃんのママ役の猫背椿さんは、「お一人でやられる作業量じゃない」監督に「すごいなと思って乗っかりたい」と感じたと出演理由を語り、脚本も「全然なんか思ってたのと違う」面白さがあったと述べた。自身も声優経験はほとんどなく「緊張している」が、初日にお客様に会えて「とても嬉しい」と語った。

ヒメ役の鄭玲美さんは、オーディションでサブキャラ・エキストラの募集に応募したところ、「ほぼメイン」の役でオファーが来て驚いたという。アフレコ前に監督に会って「私で大丈夫ですか」と何度も確認したが、監督から「絶対大丈夫です」と力強く言われ出演を決めたと明かした。また、監督は優しいと聞くが、初対面で「すごく可愛い苺の飴をもらって」、どう対応すれば良いか戸惑ったというユニークなエピソードを披露し、会場の笑いを誘った。

ヨーコ役の鎌滝恵利さんは、「元々映画祭で監督の作品をほぼ前作追っかけて見てた」という「ただの観客的なファン」であったと告白した。ファンとして出演することに不安もあったが、作品が大好きだからこそ出演を決めたと語り、収録は短かったが「ものすごい楽しくて」、これからも「本当にファンであり続けるだろうなと思います」と監督への変わらぬ敬愛を示した。

スマイル役の西野諒太郎さんは、普段はお笑いコンビ「シンクロニシティ」として活動しており、マネージャーからの仕事依頼で「声優えってえって」と驚いたと話した。クラウドファンディングページを見て、「畑違いの人間から見てもとんでもないことをされてるんだ」と監督の凄さを理解し、同い年の監督が成し遂げたことに「力になれることがあったら」と思い参加を決めたという。

白取役の津田寛治さんは、監督の過去作『MAHOROBA』を「下北沢映画祭で拝見して」その才能に「本当びっくりした」ことが監督を知るきっかけだったと語った。別の映画祭で監督の作品を偶然見つけ、名前を見る前から監督の作品だと分かったエピソードを披露し、いつか一緒に仕事をしたいと思っていたため、オファーを受けた際は「1も2もなく」引き受けたと喜びを語った。

最後に、鈴木監督が改めて来場者への感謝を述べ、作品の「ラストの印象がすごい」と自身でも感じていることに触れた。本作は一人で書き始めたが、「全然一人で作ってない作品」であり、多くの人の力で完成したと感謝を伝えた。今後も映画監督を続けていきたいという意欲を示し、自身の活動資金となるため、会場で販売されている監督自身が全て執筆したという「100ページに及ぶ」パンフレットの購入を呼びかけた。

『無名の人生』はアヌシー国際アニメーション映画祭の長編コントルシャン部門へのノミネートも決定しており、国内外で注目を集めている。
