映画『ひとりたび』の公開を記念し、主演の岡本玲さん、監督の石橋夕帆さん、脚本の上村奈帆さんによる鼎談が行われた。主人公・美咲と同世代のクリエイターである3人が、それぞれの経験や思いをどのように作品に落とし込んでいったのか。人生の「ファーストイベント」である名前の由来から、和歌山での撮影秘話、そして作品に込めたメッセージまで、余すところなく語っていただきました。

▼名前に込められた「ファーストイベント」と、偶然の繋がり
ー: 本サイトでは「ファースト」にちなんで、皆さんの人生のファーストイベントである「命名・お名前の由来」をお聞きしています。「玲」さん、「夕帆」さん、「奈帆」さんには、ご両親のどのような願いが込められているのでしょうか?
岡本: 私は小学校の頃から「(由来は)ない」と言われて育ちました(笑)。画数も関係なく、母がフィーリングでつけたい名前をつけたそうです。ただ、姉の経験から「人に呼ばれるときに省略されない名前がいい」と思ったらしく、こどもの時から書きやすい漢字にしたと聞いています。
ー: 石橋監督と上村さんは、お名前に同じ「帆」の字が入っていますね。
石橋: 私の場合は、父がいくつか候補を出して、母が画数を踏まえて決めたみたいです。父が船を好きだったようで、「夕景のなかで帆船が帰ってくる」という意味合いになっているようです。
上村: 私も画数を参考にしたのは聞いたことがあります。『帆』は、「向かい風に向かって進む帆船」の仕組みから、「逆風でも前に進んでいけるように」という意味が込められているそうです。
▼コロナ禍での焦りと「実感」〜制作のきっかけとキャスティング〜
ー: 映画の制作のきっかけや、皆さんの出会い、キャスティングの経緯について教えてください。
ソースの録音データをもとに、石橋監督が「実感」を起点に物語を作りたいと考えた背景と、そこから本作の制作に繋がるまでの経緯を抽出し、対話形式でまとめました。
ー: 本作の制作のきっかけや経緯について教えていただけますでしょうか。
石橋: 前作の初長編『左様なら』の単独での劇場公開が2019年に終わり、少し落ち着いてきたタイミングで次の長編企画を考え始めました。2020年に何かを成し遂げたいという思いがあったものの何も思い浮かばず、コロナ禍になってしまって悩み続けていたんです。 その時に、『左様なら』とそれ以前に作っていた短編映画の違いって何だったんだろうと自分の中で考えました。
ー: 以前の作品作りとは、どのような違いがあったのでしょうか?
石橋: 短編映画を作っていた時は、「こういう物語が見てみたい」といったフィクション的な欲求を満たすために物語を構築していました。 でも『左様なら』が大きく違ったのは、原作から長編映画に向けてかなりオリジナルで脚本を膨らませていく中で、自分自身が学生時代に感じていた様々な感情や、人が亡くなるということに対する感情、そしてそれが人間関係にどう波紋を及ぼすかといった部分を描いたことです。 それは自分の直接の経験談ではないのですが、「ちゃんと分かる、実感できる」物語にしていたんだなと、後になって気づきました。
ー: その気づきが「実感」というキーワードに繋がったのですね。
石橋: はい。やっぱり今後映画を作る時は、そういう「実感」というものを起点に物語を考えたいなという思いに至りました。 じゃあ、改めてそれでできることって何だろうと思っていた時に、映像の仕事で知り合った同世代の女性から伺ったお話を思い出したんです。
ー: どのようなお話だったのでしょうか?
石橋: 彼女と飲んでいる時に、「実は中学の時に付き合っていた彼が最近亡くなってしまって、日常生活に戻っても未だに彼のことを考えてしまう」と打ち明けられました。彼女は今東京で暮らして結婚もしていて、彼とは10年以上も交流がなかったのに、それでも考えてしまうんだと。 その話をしてくださった時の「温度感」のようなものが自分の中でどこか引っかかり続けていて、彼女の経験をそのままトレースするのではなく、彼女が話してくれた時の「感情」を映画にしたいと思ったのがきっかけでした。
ー: そこで、美咲役に岡本さんをキャスティングされたのですね。
石橋: はい。美咲を誰にお願いするか悩んでいた時、以前拝見した岡本さんが出演されていた舞台『熱帯樹』(19)での芝居を思い出しました。病弱で儚げでありながら、内側にふつふつとしたものを持っている役柄で、美咲の根本的なマインドに通じるものを感じたんです。そこで、共通の友人であり本作で翔太役で出演していただいている中山求一郎さんにお願いして繋いでいただきました。
岡本: 三軒茶屋の喫茶店で、石橋監督と初めてしっかりお話しましたよね。その時、監督が実験的に作られていた「32ページの読み切り漫画構成」の企画書を見せていただいたんです。絵コンテではなく漫画だったので、キャラクター像がすごくわかりやすくて。主演でお声がけいただいたのが純粋に嬉しくて、ぜひ一緒にやりたいとお答えしました。

ー: 上村さんはどのような経緯で本作に参加されたのでしょうか。
上村: 石橋監督とドラマの地方ロケで1ヶ月ほどご一緒した時、山道で二人して車酔いしながら(笑)、次の長編映画の構想をお聞きしました。私は10代の頃から脚本家になりたかったのですが、当時は「死」というものを特別なイベントだと捉えていて、物語のなかで安易に使ってはいけないと思っていたんです。でも、年齢を重ねるにつれて、様々な喪失とどう折り合いをつけていくのかは、誰しもの人生に必ずあることだと感じるようになりました。本作は美咲のひとりたびを描く作品でもあったので、美咲の心情に本当に旅するように寄り添って、一緒に歩けたらと思いながら書いていました。
▼和歌山での撮影と蘇る苦い記憶〜貴志川線と自転車の立ち漕ぎ〜
ー: 本作は岡本さんのご出身地である和歌山県が舞台となっていますが、故郷での撮影はいかがでしたか?
石橋: ロケ地を和歌山にした理由は、本当に単純で岡本さんが和歌山出身だからです。どうせ地方で撮るなら縁もゆかりもない場所よりも、とっかかりがある方がいいと思いましたし、和歌山は映画のロケーションとしても素晴らしい場所なので。実はそれを前提に、スタッフの演出部にも和歌山出身者を入れたりしました。
岡本: 劇中で乗った電車は、私が中学時代に毎日通学で使っていた貴志川線でした。大池遊園駅のあたりなど、実家に帰ってきたようなリラックス感もありましたが、同時に当時の苦い思い出なども蘇ってきて。そうした意味でも、シームレスに役や作品と繋がれた感覚があります。何の違和感もなく街並みを歩けましたし、自転車で走るシーンも自然に演じられました。
ー: 劇中の自転車の立ち漕ぎのシーンは、「どうしてもあの中に入りたくてしょうがない」というような必死さが伝わってきて、とても印象的でした。
▼「懐かしい」は絶対に手に入らない〜ライフステージのズレと「できないこと」〜
ー: 上村さんはコメントで「時々苦しかった」と書かれていましたが、脚本を執筆する中での背景を聞かせてください。
上村: 「懐かしい」という感情は、私の中で「絶対に手に入らないもの」なんです。同じメンバーで同じ場所に行って同じものを食べても、絶対に「あの頃」には戻れないですよね。そのまま戻る瞬間みたいで嬉しい気持ちと、絶対に手に入らないものへ求める気持ち、そしてもう離れている気持ちを意識しながら書いていて、そこに妙な苦しさを伴う感覚がありました。
岡本: 私も撮影中、大切で良い思い出だけでなく、「言いたかったけど言えなかったあの時」や「辛かったけど無理して笑っていたあの時」を思い出して演じていた気がします。

ー: 劇中で描かれる、美咲と地元に残った友人たちとの関係性についてはいかがですか?
石橋: ライフステージが変わると、絶妙なズレによる寂しさが生まれますよね。昔はぶつかり合っていたことも、大人になると口にもしなくなる。でも、東京組と地元組の違いがあったとしても、お互いをネガティブに攻撃し合うような描き方はしたくありませんでした。
上村: 脚本作りでは、それぞれのパーソナルな部分よりも、関係性や根底にある感覚の共有を大切にしました。また、MDを半分こで聴くシーンや、会話厳禁の図書館でのやりとりのように、昔ならではの「できないこと(制約)」があった方が、2人にしかわからない交流になって面白いと思い取り入れました。今の時代、待ち合わせでもスマホがあるから絶対にすれ違わないですからね(笑)。
石橋: ちなみに、劇中のカラオケで歌う曲は「あの時代」という限定感を出すために、X(旧Twitter)でアンケートを取りました。いろんな回答があったなかで、GOING STEADYさんの「もしも君が泣くならば」が一番しっくりきて選ばせていただきました。
ー: パン屋さんの「マロンド」のケーキが出てくるシーンもありましたが、あれは上村監督の出身地に関係していますか?千葉県に 実在するお店ですよね。
上村: 劇中では「ありそうでない」絶妙なネーミングを狙ったつもりだったんです(笑)。
▼観る人の速度に寄り添い、「それでいいんだよ」と肯定してくれる映画
ー: 最後に、これから映画館でそれぞれの「ひとりたび」を経験されるお客様へ、見どころとメッセージをお願いします。
石橋: 大切な人が亡くなったりした時、どうしても感情に引きずり込まれて苦しくなることがあります。いつまでも引きずっていると思われそうという脅迫観念に駆られることもあるかもしれません。でも、考え続けてしまうことや、他人から見たら執着していると思われるようなことでも、「別にそれでいいんだよ」と、この作品が言えたらいいなと思っています。
上村: 映画を観ながら、ご自身の生活やこれまでの人生を思い出す作品だと思います。どこが気になるか、何が呼び起こされるかは人それぞれです。決して無理に前を向かせるためのものではなく、一緒に歩いたり、立ち止まったり、一緒にフラフラしてくれる、お客様の速度にものすごく寄り添う作品です。それぞれの受け取り方と速度で楽しんでいただきたいです。
岡本: 目まぐるしく変わる社会の中で、うまく生きていくためには自分を雑に扱わざるを得ない瞬間があると思います。自分の人生を顧みず、前を向き続けなきゃいけない。でも、みんながそうできるわけじゃなくて、他人に話せない、分かってもらえない引っかかりを心に抱えていても、「そういうあなたでいいんだよ」と肯定してくれる優しい映画です。心の揺れを丁寧に描いているので、せわしない日常に疲れている方がいたら、一種のリラクゼーションのような気持ちで映画館に来てくれたら嬉しいです。

映画『ひとりたび』
【あらすじ】
東京で働く 32 歳の美咲(岡本玲)は、10 年間勤めていた会社に居づらくなり退職。将来が⾒えないまま実家 に帰ることにする。地元で開催された同窓会で、初恋の相⼿が 2 年前に亡くなっていた事を知る美咲。空っぽで あった美咲の⼼が、初恋の思い出で埋め尽くされていく…。
【キャスト】
岡本玲
⻑村航希 坂ノ上茜 岩⽥奏 ⽯⼭愛琉 ⽇⾼七海 ⾥内伽奈 中⼭求⼀郎 ⻑友郁真 / 濱⽥マリ 原⽇出⼦ 平⽥満
【スタッフ】
監督:⽯橋⼣帆 脚本:上村奈帆
撮影:関 瑠惟 照明:中⽥祐介 録⾳:坂元就 美術:畠智哉
スタイリスト:⼩宮⼭芽以 ヘアメイク:安藤メイ 助監督:中村幸貴 制作担当:⼩元咲貴⼦ 編集:⼩笠原⾵
⾳楽:⼭城ショウゴ スチール:松井綾⾳ プロデューサー:⽥中佐知彦
6月27日(土)より新宿K’s cinemaほか全国公開決定!

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