石川瑠華

映画『水の中で深呼吸』主演・石川瑠華 インタビュー:揺らぐ心と向き合う青春の軌跡

2025年7月25日(金)より、シネマカリテ(新宿)ほかにて全国公開される映画『水の中で深呼吸』。性自認や恋愛感情に揺れ動く10代の繊細な心を瑞々しい映像で描いた本作で主人公・葵を演じた実力派俳優、石川瑠華さんにお話を伺いました。自身の学生時代の経験と重ね合わせながら役と向き合った石川さんが語る、作品への深い思いとは。

■ 映画『水の中で深呼吸』主演 石川瑠華 インタビュー

1. 名前の由来

ー: 本サイトの恒例の質問で、お名前の由来についてうかがっています。石川さんの瑠華というお名前の由来についてお伺いしてもよろしいでしょうか?

石川瑠華: 私の名前「瑠華(るか)」は、Kinki Kidsの堂本光一さんがドラマ「人間・失格〜たとえばぼくが死んだら」で演じた「影山 留加」という役から来ているんです。私の母はそのドラマがすごく好きで、ドラマの中で、堂本光一さんの母親(影山 小与)役の荻野目慶子さんが「ルカ、ルカ」って呼ぶ響きがとても好きだったから、私の名前は「瑠華」になりました。

ー: 冒頭から、なかなか興味深いお話ですね。

石川瑠華: でも、私自身がこの名前の由来を初めて知ったのは、実は20代前半の時なんです。それまでは母から「綺麗で華やかな人になってほしかったから」といった理由を聞かされていたんです。なので、そのドラマの留加くんの結末を知った時は驚きました。それでも、実際にドラマを観て、留加くんを知ってから自分の名前がより一層好きになりました。

2. 主人公・葵との葛藤と共鳴

ー: では、作品のお話に入らせていただきます。今回、主人公の葵を演じるにあたってオーディションを受けた際に、「オーディションを受けた時に考えていたよりも〝わからない”と感じた」というコメントをされていました。具体的にどのような点で難しさや発見がありましたか?

石川瑠華: オーディションの時は、まず情報が非常に少なかったんです。台詞もワンシーンくらいしかなく、監督の「こういうテーマでこの映画を描きたい」という思いしか情報がなかったんです。だから、オーディションではかなり役を自分に寄せて演じたり、自分の情報を加えて役のことを考えていました。でも、その後いただいた台本には、本当に色々な情報が詰まっていて、この作品は「群像劇であり、LGBTQ+というテーマも扱ったもの」だということがわかり、それで「なんだかよく分からない」という感覚になりました。自分が思っていた葵と、台本の葵が、しっくりこなかったんだと思います。台本がベースになるべきなのは分かるんですが、考えれば考えるほど分からなくなってきてしまって…。

ー: なるほど。台本から得られる情報が増えたことで、逆に難しさを感じられたのですね。では、その「分からない」という感覚をどのように乗り越えていったのでしょうか?

石川瑠華: 台本と自分の考えをすり合わせるために、監督の安井さんや脚本家の上原さんに、度々Zoomで打ち合わせをお願いしました。そこで、台本を読み込んだ上で抱いた疑問や、葵の人物像について話し合い、すり合わせを行っていきました。

ー: 葵のような役を演じるのは初めてだったのでしょうか?

石川瑠華: そうですね。これまでもジェンダーに関する悩みを抱える役は演じてきましたが、今回のように、ここまで若く、まだ自分の悩みに名前すらなく、その性別の状態にも名前がないような、まさに「分からない状態」の葵のような役を演じたのは初めてだったかもしれません。

ー: 脚本家の上原さんが現場で役者さんと時間をとって「脚本から伝わらない機微」を説明してくださったと伺っていますが、石川さんの役作りにはどのように役立ちましたか?

石川瑠華: 私の場合は、上原さんからは脚本のことよりも、よく水泳の指導をしてくださいました。水泳に関しては上原さんがみていてくださって、どのようなメニューで筋トレなどをしているのか、リアルな水泳部だったらしないようなことを私たちはしていないかなどを確認していただきました。

3. 安井監督の「不器用な父親」のような状態と関係

ー: 安井監督を「不器用なお父さんのようでした」と表現されていますね。監督との関係性が葵役へのアプローチにどのように影響しましたか?

石川瑠華: 安井監督は、葵が抱えるような悩みを過去に経験した「当事者」ではないですし、今現在悩んでいる方でもありません。それでも、「高校生のこの悩みを描きたい」という強い思いを持っていらっしゃる方なんです。監督のキャラクターへの愛し方が、まるでこどもを愛する親のようだと感じました。ただ、その愛情表現が「不器用」なんです。同じ目線での不器用さというよりも「父親のよく分からない不器用さ」という感じがします。例えば、言葉がうまくなかったり、行動で示そうとするけれど、その行動が私たち役者側からすると全く理解できなかったり、“逆に謎を深めてしまう行動”となるようなことだったり。

ー: その不器用さが、かえって関係性を深めたような部分もあったのでしょうか?

石川瑠華: そうですね。それがかえって絆を深めることになった部分も確かにあるんです。それは監督の狙いだったのかな。(笑)ただ、真っ直ぐな人なんだと思います。
私自身、父親側に立って考えることがあまりないので安井監督側の気持ちを完全に理解しているわけではないですが。共感はできないけれど、頑張って理解したいとは日々思っています。(笑)

4. 水中が「息をしやすい場所」である理由

ー: 泳ぎの撮影だけでなく、水中に身を置く撮影も印象的だったと伺っています。「息ができないはずの水中を“息をしやすい場所”と感じた感覚が、葵を演じる上でとても大切なものだった」とのことですが、この感覚は葵のどのような感情や心理状態とリンクしていると感じましたか?

石川瑠華: 葵は高校生活で色々な悩みを抱えていて、ずっと考えている状態なんです。一人で部屋にいても落ち着かなかったり、不安だったりする中で、水泳部は仲間がいて楽しい場所ではあるけれど、心の底から落ち着ける場所ではないと思うんです。高校生って本当に常に何かに揺れ動いている状態であることが多いと思うので。そんな中で、私も現場で初めて思った感覚なのですが、水中での撮影は当たり前ですが何度も潜るんですよ。一度で撮れるものではないので、テストして、撮って、また潜って、というのを繰り返すうちに、ある感覚を覚えました。それは、自分の息を全部吐き切って、何の音もしなくなって、目も開けていないから真っ暗な状態。その状態が、一番自分を「感じられる」場所だったんです。誰にも否定もされないし、肯定もされない、ノーマルな自分を感じられる場所。葵の中で、「そこは自分を否定しなくてもいい場所だったのかもしれない」と感じました。

ー: まさに、胎児の時の羊水の中のような、全てに包まれているような感覚だったのかもしれないですね。

石川瑠華: その例えはとてもしっくりきます。羊水の中の感覚を思い出せるわけではないですが、本当にマリア様のようなお母さんに抱きしめられているような感覚でした。水というものに包まれて、普段感じることのない肌の感覚や音が、やはり特殊で、大きな部分を占めていたように思います。水中って、本当に不思議な空間なんです。例えば、私は映画『シェイプ・オブ・ウォーター』のポスターが好きで、映画を観たからかもしれませんが、とても神秘的で特別なものを感じます。

5. 自己認識と成長:石川瑠華さんの高校時代

ー: ありがとうございます。ところで、葵と同じく高校1年生の頃、石川さんはどのような高校生でしたか?

石川瑠華: 私は、高校時代はとにかく真面目に勉強ばかりしていました。校内のテストではずっと上位を取っていたんです。それが自分のステータスであり存在意義みたいなものだったから、それを守り続けることに必死でした。あとは、部活(テニス部)でも、常に先輩に「勝ちたい」という気持ちで勝負していました。勉強でも誰かに勝ちたかったし、そうでないと自分のアイデンティティを保てなかったんです。そのアイデンティティが本当のものでなかったとしても。

ー: その高校生活が、今回の作品ともどこか重なる部分があるのでしょうか?

石川瑠華: 直接的に重なるわけではないですが、葵のように心の揺らぎがあった時に、それがマイノリティだった場合、それをなかったことにしたり、それを口にしたことで非難されるのが怖いから言わないとか、自分が安全圏にいることに安心するために、すごくずるい高校生活を送っていました。そういうずるいことをたくさんやってきた後悔が、夢に何度も出てくるんです。

ー: 高校から大学にかけて、それはどのような変化を遂げたのでしょうか?

石川瑠華: 大学の時も、まだ全然成長していなくて、ずっと“自分の感情を押し殺してうまくいく方法”を模索していました。でも、大学になると、中身がないことってバレるんですよね。そこでバレて何もできなくなった時、“そこよりも上に行こう、見返そう”と考えることしかできなくて。それで、有名になりたいと思ってワークショップに行ったんです。そこで初めて、“自分が何を感じているかを言っていいんだよ”ということを教えてもらって、そこからお芝居を始めたんです。“ずるく生きるのをやめよう”と思った時に、今の道に進んだんです。

ー: なるほど、以前のインタビュー記事で、石川さんが殻の破り方についての話について語っているものがあり、そこにつながるんだなとお話していて思いました。

6. 若い世代との共演が生む化学反応

ー: 今回の撮影現場では、石川さんよりも若い世代の役者さんが多かったと伺っています。“いい

意味でみんなに染まりたい”と感じていたとのことですが、共演者の皆さんとの交流が、石川さんの演技や作品全体にどのような影響を与えたと感じていますか?

石川瑠華: 私よりも若い役者さんたちは、高校生ではないにしても、私よりも高校生に近い感覚を持っていたり、会話の内容やテンポ感が全然違うんです。なので、「普段どこに行く?」とか、「休みの日に何をしたい?」とか、いろいろなことを聞いて、そこに混ざって体験していきました。そうするうちに、私も若い感性に染まれるかなと思って。

ー: 演じる上で、若い感性を取り入れることが重要だったんですね。

石川瑠華: はい。感性って、自分一人だけでは生み出せないものだと思います。だから、本当に純粋な感性を持った役者さんたちが周りにいてくれて、すごく助けられました。主演や座長となると、どうしても現場を引っ張っていくイメージが強いかもしれませんが、今回は「その中に入っていく」ということを意識しました。一番年上だったので引っ張りたい気持ちはありましたけど、引っ張るとどうしても、画の中でも年上感が増してしまうのが怖かったんです。

7. 悩める若者たちへ、この映画が届けるメッセージ

ー: 石川さんご自身も学生時代に悩みを抱え、そのことを誰にも相談できなかった経験があるとコメントされていますね。そのご自身の経験を踏まえ、今まさに悩みの渦中にいる若い人たちに、この映画を通して伝えたいことはありますか?

石川瑠華: そうですね、悩みは本当に人それぞれですし、皆、若い時は多かれ少なかれ辛い思いをしていると思います。私も、自分で「辛かった」と今言ってしまえるくらい辛い時期がありました。その辛い経験は、きっと生きる上で、辛ければ辛いだけ活かせることが多いと思っています。ただ、これを今まさに辛い中にいる人に言っても、きっと「むかつくだけ」だと思うんです。だから、私もそういう若い子たちに出会った時に、“どういう言葉をかければいいか”、“何を届ければいいか”、と今もすごく悩んでいる最中です。正解は見つからないですし、そもそも正解がないとも思っています。

ー: そのような状況ではありますが、何かきっかけになることや、少しでも楽になるためのヒントとして、ご自身の経験から伝えられることはありますか?

石川瑠華: その人によってなにが「楽」かさえ違いますが、私の場合は時間が経って自分を面白く見つめるようになったっことが大きかったかもしれないです。そういう経験をしたことがきっと自分の個性だったり行動の源になる。きっと辛いことの肯定には時間が必要なんだと思います。どうしようもない「悪」に出会ってしまうこともありますが。
もし何かこう、吹っ切れた瞬間があれば、それを誰かに話してみるのも一つの方法かもしれません。

一番良いと思うのは、「人を頼る」ことだと思います。一人で考えていると、考えが凝り固まってしまう部分がありますから。

ー: よく「考えているだけじゃなくて書き出してみて」とか「図や絵にして描いてみて」とか言われますけれども、若さによってできることって、「人を頼ること」だと思いますね。

石川瑠華: 大人になってもできることですが、若い時こそ「やりたい放題に人を頼っていい」と思いますね。私はそれがあんまり得意ではなかったけれど。

8. 『水の中で深呼吸』の見どころ

ー: ありがとうございます。では最後に、映画を楽しみにされているお客様へ、この映画の「見どころ」を教えていただけますでしょうか。

石川瑠華: はい。『水の中で深呼吸』は、LGBTQ+というテーマがありつつも、群像劇です。表情豊かでパワーがあって魅力的なキャストが集まっていると思います。そのキャスト演じる一人一人の登場人物がいろいろな悩みを抱え、必死にその時を生きている。全ての悩みを網羅しているわけではないですが、観客の皆さんが「この悩み、分かる」とか「自分だ」と思えるような役がきっと見つかると思います。
この作品を観た方自身と重ね合わせられる部分がある登場人物は、それぞれ全く違うキャラクターで、人によっても感じ方が違うと思います。完璧ではない、曖昧なもの、掴みきれない自分自身、そんな自分一人ではどうにもならないものが「愛おしい」と思える映画だと思います。「歴史に残る青春映画」になれば良いなと願っています。


『水の中で深呼吸』

監督:安井祥二
脚本:上原三由樹 岳谷麻日子
主演:石川瑠華
出演:中島瑠菜 倉田萌衣 佐々木悠華 松宮倫 八条院蔵人
   伊藤亜里子 川瀬知佐子 山本杏 森川千滉 倉林希和里 小西有也 野島透也 池上秀治 しゅはまはるみ

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7月25日(金)より新宿シネマカリテほか全国順次公開

この記事を書いた人 Wrote this article

Hajime Minamoto

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