第39回東京国際映画祭にて、映画『シルバー・エクスプレス』の日本初上映に伴うQ&Aセッションが角川シネマ有楽町で開催された。会場には田中未来(監督/脚本)、岡本ゆい(俳優)、栗原颯人(俳優)が登壇し、MCの奥浜レイラによる進行のもと、作品に込めた思いや撮影時の裏話を語った。ジャパンプレミアとなった本イベントでは、価値観の異なる他者を理解する難しさをテーマにした着想や、静かで繊細な演技アプローチについて活発な質疑応答が行われた。

「他者」の理解と人間関係への着想
本作は、他者に恋愛感情を抱かない主人公の姿を通して、人間関係の多様性を描いた物語である。企画の出発点について田中未来(監督/脚本)は、自分とは異なる価値観を持つ他者を理解したり想像したりすることの難しさと大切さを伝えたいという思いがあったと明かした。恋愛感情を持つ人物と持たない人物という対比を通じ、分断や葛藤というテーマをより分かりやすく表現できる題材として本作の構想に至ったという。また、事前の取材で様々な当事者の声を聞く中で、単なるセクシャリティの枠組みにとどまらない個人ごとの差異や多様性を実感し、一人ひとりの生き方の違いとして受け止められるような作品を目指したと語った。

呼吸や目線で魅せる繊細な演技と登場人物への共感
静けさの中に揺れ動く感情を表現したキャスト陣の演技アプローチにも注目が集まった。主人公を演じた岡本ゆい(智絵里役)は、劇中で大きく何かが変化する展開よりも、ひっそりと心が揺れる日常の空気感を大切に演じたと述べた。言葉の少ない役柄ゆえに、脚本に記された間や沈黙を呼吸や目線、迷う表情に込めながら役に寄り添ったと振り返った。

一方、主人公と近しい立場でありながら決定的な違いを抱えるキャラクターを演じた栗原颯人(翔也役)は、共感と決別の間で揺れる役柄の切なさを吐露しつつ、ラーメン屋でのシーンなど登場人物の素直な本心が滲み出る場面に深い印象を受けたと語った。

登場人物の心理を映し出す音の演出と独自のリアリティ
観客との質疑応答では、作品を彩る音の演出や人物造形に関する興味深い質疑が交わされた。劇中で象徴的に流れる電車の音について田中未来(監督/脚本)は、主人公が周囲との距離感や居心地の悪さを覚えた際に、意識が内面へと向かう逃避の音楽として配置した意図を解説した。さらに、登場人物たちが選択する行動や変化の描き方についても言及され、人生における課題の解決や成長は一朝一夕には訪れないというリアリティを意識して演出を行ったと説明した。感情を安易に露わにしない登場人物たちの姿を通じ、他者と関わりながら生きる日常の営みが丁寧に紐解かれ、イベントは幕を閉じた。

映画『シルバー・エクスプレス』
作品解説
短編『ジンジャー・ボーイ』(25)が第78回カンヌ映画祭ラ・シネフ部門第入選を果たした新鋭・田中未来監督が、岡本ゆいを主演に迎えた初長編作品。他者に恋愛感情を抱いたことがない智絵里は、いつもどこか孤独で浮いている。しかしそんな智絵里はある日、自分と同じように恋愛感情を抱かない男性、翔也と出会い意気投合する。しかし、限りなく似ているふたりには、決定的な違いがあった――。
スタッフ
監督/脚本:田中未来
キャスト
岡本ゆい
栗原颯人
中村里帆
山脇辰哉
高橋璃央
中島侑香
中井友望
高良健吾
吉田 羊
97分カラー 日本語英語字幕 2026年 日本 KeyHolder Pictures/SPOTTED PRODUCTIONS