映画『距ててて』加藤紗希監督、脚本・豊島晴香。映画美学校への道。二人の最悪の出会いとは

映画『距ててて』加藤紗希監督、脚本・豊島晴香。映画美学校への道。二人の最悪の出会いとは

5月14日から、ポレポレ東中野にて、映画『距ててて』が上映スタート。本作は、振付師・俳優の加藤紗希と脚本・俳優の豊島晴香の「点と」という創作ユニットが製作した初長編映画。写真家を目指すアコとフリーターのサンを主人公とした4章構成のオムニバス作品。
どのように映画美学校へ進み、どのように出会ったのかお話しいただきました。

距ててて
左)加藤紗希 右)豊島晴香

■ 映画『距ててて』監督・加藤紗希、脚本・豊島晴香インタビュー(前編)

▼ダンスに興味を持ったきっかけは?

-まず、お二人のプロフィールについてお話を聞かせてください。まず加藤さんに質問です。
 加藤さんは振付などのダンスに関するお仕事をされていますが、ダンスに興味を持ったきっかけは?

加藤紗希
私の母が趣味でダンスをやっていた時期があったんです。当時エアロビが全盛期で、スタジオに行って友達と踊るといったことが盛んだった時期のようでした。エアロビのダンス教室に通っていた母と一緒に行ったときに、私が「ダンスをやりたい」って言ったみたいで、気づいたらもう踊っていた・興味を持っていました。
“誰かに言われる前にすでに踊っていた”っていうのが正直なところです。母もダンスをやることにずっと賛成をしてくれていて、小学校5年生ぐらいにダンスのスタジオが変わった時をきっかけに、本格的に舞台・イベントに出るというのが始まりました。
学校に通って、週末にはそういった活動をしていて、舞台も楽しいし踊ったり、表現することに興味を持っていました。母が「オーディションっていうのもあるよ」と教えてくれて、いくつかオーディションを受けていた中の一つがミュージカルの舞台でした。
その劇団の人に「育てたいから来ないか」みたいに声をかけてもらって。私は地元が名古屋なんですけど、東京の三鷹にある劇団に入ることになって、1年間寮生活しました。
転校をしてそこの地元の中学に通いながら日々稽古をして、その劇団は夏と冬と春に公演をしているんですけど、その公演に出るために稽古をして、場合によっては学校を夏休みを前倒しして休みながら、バンで移動して寝泊まりしながらみんなで全国巡業をやっていました。

-サーカス団のようですね。

加藤紗希
まさにそんな感じで、各地方でミュージカルを上演することをやっていました。

▼大学卒業後の就職から、映画美学校へ入学する経緯は?

-豊島さんに質問です。映画美学校へ通うまでの経歴が一風変わったものだと思いました。その流れを聞きたいと思います。

豊島晴香
芸術的・文化的な活動に携わりたい気持ちが会社で働いていくうちに高まっていきました。旅行会社で添乗をしたり、日本だけでなく、海外ツアーの添乗をすることもありました。企画もすこしやっていました。会社は先輩もすごい素敵な人たちだったし、いい会社だったのですが、とにかく忙しかったんです。
本当に忙しくて、“自分がどういう生き方をしたいか”と考えたときに文化的な活動をしたいと思ったんです。「私がやるならば演技なのかな」って思いました。
舞台が昔から好きだったり、大学時代もサークルで演技をしていたので、自分が慣れ親しんできた感覚があったんです。その時は脚本を書くという発想はできませんでした。全然書くイメージが湧きませんでした。例えば絵を描く才能があったら、それでも良かったかもしれませんが、自分の中では選択肢としては、やるなら演劇かなと思いました。

-舞台・演劇に対する関心はいつからですか?

豊島晴香
私は宝塚がちっちゃい頃にすごく好きだったんです。
父の実家が宝塚市で、おじいちゃんおばあちゃんちから劇場が見えるぐらいの近くのところに家があるんです。幼少期は「宝塚に行きたい!」と思って育ってきました。ただ、そのためのレッスンは全然受けていませんでした。高1のときに一瞬だけレッスンを受けたんですけど、速攻で向いてないと思って挫折しています。なので小さい頃から舞台関係の仕事に就きたい気持ちはあったんだと思います。大学でも小さなミュージカルサークルに所属して舞台に立ったりしていました。
ただ、大学を卒業して、ミュージカルの世界に行きたいかっていうとそうでもなかったし、実力的にも難しいと思いました。もちろん今やっていることもミュージカルや舞台に対する関心がルーツとしてあるのですが、どちらかというと大学生の時に所属していたゼミからの影響が大きいかもしれません。
私が所属していたのは、芸術論をあつかったり、作品分析をやったり、みんなでいろんなジャンルの文化的なものについて議論をするようなゼミだったのですが、今やっていることは宝塚の流れよりというよりも、そのゼミから繋がってきている感じが強いですね。

距ててて

▼加藤さんが映画美学校へ入学した経緯は?

-振り付けやダンスの場から映画美学校へ進むきっかけを聞かせてください。

加藤紗希
名古屋から上京したときもダンスを仕事にできたら…と、上京したんです。20歳ぐらいの時から、映画を作っている友達が周りにいて、造形大とかに出入りして、その友達の作品に出たりというのが身近にありました。でも、それが自主映画だということはあまり意識せずに参加していたのが当時の私の感覚でした。
基本的に舞台が多いんですけど、振り付けで参加する現場に映画・映像もあって、2016年に参加した映画の現場で、「やっぱり映画がやってみたい!」という気持ちがすごい強くなりました。そんな頃、自分でダンスのカンパニーを主宰していたので、舞台の制作・プロデュース・振り付けをして演出をするというのをやってはいたのですが、助成金のあり方とか、かなり難しくて、舞台もやりたいけど、「今後どうしていこうか…。」と悩んだ時期でもあったんですよね。
それが2016年の公演で。その年に映画の現場に参加したときに「映画をやってみたい」と思いました。
ただやっぱり自分で映画をやるってなかなか難しくて、どこからやったらいいんだっていうのがわからなかったんです。そこでふと、映画美学校出身の友達が何人かいたっていうことを思い出したのと、アクターズコースっていうのがあることを知って、そこのオープンスクールに行ってみたんです。
私の最終学歴は高校なんですけど、大学で演劇を学んでいる人や、舞踊科に通っている人と出会ったときに、同期がいて学校で学んでいる環境というのにものすごい憧れていたんです。
名古屋の田舎の学校だったので、そういった環境があることすら知らずに上京したということもあって、もし、高校生の時に知っていたら、そういった道を選んだかもしれないなとは思いつつも、学校に対して憧れやコンプレックスがありました。フリーランスで活動し始めて10年ぐらい経過していたんですけど、今の10年自分がやってきたこと(舞台を作ったり、出演したり、振り付けの仕事)もあるけど、今改めて勉強をすることが自分には絶対に必要だと思ったんです。
それが映画美学校のアクターズコースでした。映画への興味と学びたいっていう気持ちが合致したのが、映画美学校アクターズコースにあると思って応募しました。

▼豊島さんが映画美学校へ入学した経緯は?

-豊島さんが映画美学校に進んだ経緯を教えてください。

豊島晴香
私が映画美学校に進んだ理由は、講師が「青年団」という劇団の俳優さんだったことです。山内健司さんと兵藤公美さんと近藤強さんがメインで教えてくださるのですが、皆さん青年団の俳優さんで。
自分はそれまでは新劇というか、その系統の養成所に通っていたんですけれども、自分は“こまばアゴラ劇場”だったりとか、青年団界隈のお芝居をどんどん観るようになって、そういうものに魅かれるなって思っていたので、その人たちのもとで勉強してみたいという気持ちがありました。
私はその頃、いろいろ悩んでいた時期でした。落ち込んだり、自分に自信がなかったんです。自信がないというか、演技をすることに対してポジティブな気持ちになれないと思っていて「もしここで演技を楽しめなかったら辞めよう…」ぐらいの気持ちでいきました。そこで、自分が好きな演劇を作っている人たちに演技を習いたいと思いました。
演劇だけでなく、映像を体験してみたいという気持ちももちろんありました。

▼二人の出会い

-それでは、お二人の出会いのきっかけについて教えてください。

加藤紗希
本当の初対面はアクターズコースのオープンスクールだったんですよね。
松井周さんという「サンプル」っていう劇団の演出家さんのオープンスクールだったんですけど。6、7人で脚本をやるっていうワークがあって、2グループにわかれて演じるものだったんです。
私達は違うグループに分けられて、たまたま同じ役だったんです。違うグループだけど、脚本上で同じ役をやっていて、私は、自分と違うアプローチで演じている豊島さんのお芝居を見てすごい面白い・いいなって思っていたんです。
だけど、豊島さんは違ったみたいで(笑)

豊島晴香
その“違う”というのは、演技に対してどうとかそういう話じゃないんですけど、加藤さんは美学校の人と既に仕事をしたことがあったり、美学校卒業生の、私が小劇場で観ていた俳優さんとも知り合いだったり。加藤さんが来た瞬間、体験授業なのに、馴染んでいるような落ち着きが見えたんです。
その頃の私は疑心暗鬼で、演技に対して恐怖心というか、卑屈でトゲだらけみたいな状態で。
だからそんな加藤さんを見て、「入る気のない人が、有名な演出家のワークショップだから来たんだな」って思ってしまって。
本当は別にそういった行動や目的自体もが悪いことではないんですけど、私がそんな状態だったので、「芸能人が冷やかしにきやがって!」みたいな(笑)、最悪の感情を当時持ってしまいました。
自分でも自分の人間性を疑いますね。

加藤紗希
最悪の第一印象だよね。わたしはそんなこと感じてなかったんだけどね。(笑)

豊島晴香
加藤さんはその時、素敵なお召し物を着ていて、私はすごい地味な服装で、リュックを背負って、背を丸めて….という感じだったので、「派手な芸能人がチョロチョロ来やがって!」ぐらいの感覚でした。
本当、最低ですね(笑)
そうしたら、入学式の初日に加藤さんがいたから、本当に反省しました。「めっちゃマジメな人やん!」と思って。
入学してみたら、同期の中で、唯一の同い年だったんです。授業の中で、私はその頃に演技をすることに対して、かなり葛藤があったときだったんですけど。加藤さんは私にいつもポジティブな言葉をかけくれて、私も何か悩むとすぐに「どうだった?」って意見をきいて、安心するような感じでした。
唯一の同い年ということで、「お茶しよう」という流れになって。その時に初めて「卒業後に映画を作りたいと思っている」っていう話を渋谷の「人間関係 cafe de copain」という老舗の喫茶店で聞きました。
私は加藤さんに対して、すでに仕事をしていて、自分よりも前を走っている人のような印象を持っていたので、「じゃあ、エキストラで出してください」みたいなことを言ったんですけど、加藤さんからは「いやむしろメインキャストで出てよ」と言われて、お世辞かなと思ったけど嬉しかったのを覚えています。

加藤紗希
半年間のコースなんですけど、授業が進んでいって、もうちょっと私も映画について学びたいって思っていたし、映画のことを知るためにはつくることがいいのかなって考えていたんです。
アクターズコースの授業を受けていく中で、どんどんその気持ちが強くなっていって、「作りたい!」という気持ちになっていきました。
さっき豊島さんからもあったんですけど、メインの講師の方が演劇の方たちなんで、演劇のことと映画のことを学ぶ講座って感じだったんですよ。
自分の学びたかったものが、まだ学びきれてないという実感が若干ありました。
だから、せっかく出会ったんだし、自分が素敵だと思う人たちと、そういう物づくりがしたいなって思って最初に豊島さんに声をかけたんですよね。

距ててて

-すごい出会いだったんですね。

豊島晴香加藤紗希
最悪の出会いだったけどね(笑)

加藤紗希
最初に聞いたときビックリしました。「初対面でそんなふうに思っていたのか…」って。

豊島晴香
私の性根の悪さが(苦笑)

加藤紗希
いやいやいや(笑)
やっぱりタイミングがあるから、出会い方ってすごい大事ですよね。アクターズコースに同じ期として入れてよかったわ。

豊島晴香
確かにそのまま終わっていたら…

加藤紗希
もう一生会わなかったかもね。

豊島晴香
そうだよね。

加藤紗希
「あぁ、アイツだ」みたいな感じになっていたかもしれないし。

豊島晴香
「うわぁ、ワークショップに冷やかしに来やがって」ってね(笑)

-声掛けはどちらからされたんですか?

加藤紗希
私から声掛けしましたね。
授業の中に、アクターズコースとフィクションコースっていうスタッフを目指している・興味がある方が通うコースが学校の中にあるんです。
そのコースを越えたコラボレーションの講義っていうのがあって、短編の作品を監督と一緒に作るものがあったんです。私達の代は、4つのグループにわかれて、一つの短編を撮るという授業があったんですけど、私達は一緒のグループに配属されて、そのときの監督が大工原正樹さんっていう方だったんです。
大工原さんは、プロットも脚本も、「俳優の方たちも提出していいよ」という進め方でした。みんなで話しあったりとか、もちろんフィクションコースの方もプロット出したり、脚本を出したりしていたんですけど。ある日、豊島さんが脚本を書いてきたんです。
その脚本がすごい面白くて、「この人はこんな風に言葉を書ける人なんだ」と思って、ものすごく興味津々になったんですね。自分が映画を作りたいとは思っていたんですけど、私自身は脚本は書けないと思っていたんですよ。
ダンスをやっているときに趣味レベルで映像の編集は既にやってはいたので、撮る・編集する・芝居に演出をつけるといったことは、仲間と協力し合いながらできるかもしれないと思ったんですけど。
豊島さんとだったら、脚本を書いてもらって、私が監督するというふうに、一緒に作ることができるかもしれないと思いました。
軽く声をかけてから、アクターズコースの最後の舞台の公演の打ち上げの時に、「これを逃したら、しばらく会えなくなりそうだな」と思って、「本当に映画が作りたくて、豊島さんが主演と脚本でやりたいんだけどどうかな?」と声をかけました。
2018年の出来事だったんで、コロナ禍ではなくて、みんなお酒も飲んで、ワーッみたいな感じだったんです。
私はお酒は飲めないんですけど、お酒に飲まれた豊島さんが周りの人に、「今度、紗希ちゃんと映画つくるんだぁ~」って言いふらしているのが見えました。

豊島晴香
言いふらしてしまったので、後には退けなくなったんですよね。

-映画をいっしょに作ろうという声掛けを受けて、豊島さんはいかがでしたか?

豊島晴香
嬉しかったですね。
当時の私はかなりしんどかったので、そういうふうに一緒にやりたいって言ってもらえたことが嬉しかったです。また、主演でというのも、そのときの私にとってはすごく救われたし、自分のことをそういう風に呼びたいと思ってくれる人がいることが嬉しかったんです。
脚本に関しては、私は書こうと思ったことがなかったし、大工原さんの授業の時も、脚本製作が難航したこともあって、「じゃぁ、やってみっか」という感じで初めて書いたんです。それも最終的に大工原さんが1本にきちっと仕上げてくださったので、私が全部書ききったわけではなく、部分ぶぶんで使ってもらったっていう感じでした。
脚本を書くことに対して考えたことはなかったんですけど、でも新しいことをやってみたいなってポジティブに考えさせてくれる人だな、一緒にやりたいなと思いました。

加藤紗希
こんな経緯があったんです。私は豊島さんのことをずっといいなあと思い続けているんですけどね(笑)

-いい組み合わせのお二人ですね。

距ててて

【後編】

映画『距ててて』監督・加藤紗希、脚本・豊島晴香。自身と演じるキャラクターについて


作品情報

映画『距(へだ)ててて』
監督:加藤紗希
脚本:豊島晴香
出演:加藤紗希/豊島晴香/釜口恵太/神田朱未/髙羽快/本荘澪/湯川紋子
撮影:河本洋介
録音・音響:三村一馬
照明:西野正浩
音楽:スカンク/SKANK
宣伝美術:一野篤
宣伝協力:天野龍太郎
製作:点と
(2021年/日本/フィクション/78分)

最新情報は公式Twitter(https://twitter.com/hedatetete)およびInstagram(https://www.instagram.com/hedatetete/)で随時発信。

5月14日(土)、東京・ポレポレ東中野ほか全国順次公開

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