スノードロップ

映画『スノードロップ』インタビュー:西原亜希、イトウハルヒ、吉田浩太監督。「矛盾した選択」の真意と、弱さの先に託された希望

映画『スノードロップ』は、生活保護の申請がほぼ確定したにもかかわらず心中を選択したという、実在した一家の悲劇に着想を得たフィクションです。監督は、自らの生活保護受給経験を持つ吉田浩太。「弱い方が強い」という逆説的な希望を映画に託した。主演の西原亜希、準主演のイトウハルヒは生活保護のスティグマ(恥の意識)や、ケースワーカーとの緊張感あるやり取りを演じています。第45回カイロ国際映画祭等の国際的な舞台でも評価される本作は、現代の貧困意識を問いただす重厚な作品。インタビューでは、制作のきっかけや、タイトルに込められた「希望」の意味、そして役者が感じた葛藤と、孤独から「個」への自立というメッセージが語られます。

■ 映画『スノードロップ』インタビュー

▼1.本作制作のきっかけ、モチーフとなった事件

-:早速ですが、まず吉田浩太監督に、本作制作のきっかけと、モチーフとなった実際の事件を知った経緯についてうかがいたいと思います。

吉田浩太監督:僕は今から15年ぐらい前なんですけど、若年性の脳梗塞を患ってしまったんです。それが原因で約1年間、仕事ができなかった時期があり、それをきっかけに生活保護を受給させていただきました。当時、会社員であったので、会社とも相談し、休む形にして生活保護を受けられるなら申請した方がいい、という経緯がありました。

その時、役場に直接行ったりするのは妻と一緒に行ったのですが、当時のケースワーカーの方が非常に親切にしてくださった記憶があったんです。そして、この制度のおかげで、僕は社会生活からこぼれ落ちることなく、映画監督として復帰することができました。なので非常に感謝しています。

その後、復帰して映画を撮りつつという状況の中で、ほぼリアルタイムだったと思うのですが、あの心中事件(要介護の母親を看護していた一家の事件)を知りました。ニュースを見ていく中で、一番引っかかったのが、その一家が生活保護申請を終え、受給がほぼ確定しているという状況にあったにもかかわらず、矛盾した選択をしたことでした。

自分の経験を踏まえると、おそらく申請は大きなトラブルなくスムーズに行われていたはずなんです。にもかかわらず矛盾の選択をした、その真意は一体何だったのかという疑問が非常に大きく残り続けました。映画を通じて、この矛盾した行動の真意を問い、生活保護を受給することの意味を自分なりに追求したいと思い、制作するに至りました。

——————————————————————————–

▼2.オーディション:提示された台本の全容

-: 主演・準主演のお二人の選出についてうかがいたいとおもいます。オーディションの応募のきっかけや、どんな内容だったのかをお聞かせください。

西原亜希: 私はX(旧Twitter)でオーディション情報が出ていたのを俳優仲間の永山たかしさんの“いいね”がきっかけで知りました。主演の直子役が30代後半から40代前半、準主演の宗村役が20代後半から30代前半という年齢設定で、その情報だけでとても珍しいオーディションだなって思ったんです。若い女の子対象が多い中で、30代・40代を主演・準主演に据えるのは異例で、その時にピンとくるものがあったので、書類を送ってほしいと事務所の担当マネージャーに伝えたのが始まりでした。

イトウハルヒ: 私はマネージャーさんからお話をいただきました。普段のオーディションでしたら、まず書類審査があって、そのあとで実技審査で5、6人一緒に受けることが多いのですが、今回は直子役と宗村役の二人でじっくりと時間をかけて審査していただきました。感覚的に1時間くらいあったように思います。演技だけじゃなく、結構自分のことや役についてお話もさせていただいた印象があります。

西原亜希: 私はその時に監督に「西原さんがエントリーされていて、ちょっとびっくりしました」と言われたことが記憶に残っています。私は主にドラマに出ることが多く、個人的には映画に興味があって出たいと思いながらも、「映画に呼ばれる人と呼ばれない人がいるのかな…」と心の中で思っていました。なので、吉田監督に「びっくりしました」と言われた時に、やっぱりそう思われるんだなと感じて。でも、まさしくそこを「突破したい」という思いが私の中にあって、このオーディションを受けました。

-: 今回のオーディションの形式で特に印象的だった点はありますか

西原亜希: 珍しいと思ったのは、書類が通った候補者に、準備稿段階の台本を全て見せてくれたことです。全て見せていただいた上で、会議室での対面シーンと、拘置所のシーンでオーディションをやるという形でした。長年俳優をやってきて、全台本が提示されるスタイルは初めてでした。

いままでの経験だと自分が出演するシーンの台本しか渡されず、原作本を読むくらいしか全体を知る術はなかったんです。

「あ、全部見せてくれるんだ」って、びっくりした部分とだからこそ、より落とし込まないと、分からないでは済まされないという気持ちがありました。

-:台本を出演シーンのみと全部見るとでは、どちらがお芝居しやすいとかはありますか?

西原亜希: 私は全体を知れた方が、役の波(感情の起伏)や監督の意図を深く理解できるので、演技がしやすかったです。オーディションの段階からそれを提示してくれた監督が「すごく丁寧でしっかり(役と)向き合おうとしてくれてるんだな」と感じました。

——————————————————————————–

▼3.タイトルに込められた監督の「希望」

-: 試写会で本作のタイトル『スノードロップ』について、花言葉の話がありました。タイトルに込められた想いについて、監督からお聞かせください。花言葉を調べてみるとなるほどという想いがありました。

吉田浩太監督: おそらくオーディションの時には、タイトルの意味は伝えていなかったと思います。

題材が非常に重いものですので、そういったことを想起させるような暗い印象を与えるタイトルにはしたくなかったんです。どこか軽やかさがあった方がいいと思ってつけました。

-:  スノードロップの花言葉には「希望」とはまた異なる、本作の内容にも関わる意味も含まれているのが、絶妙だと思いました。

——————————————————————————–

▼4.西原さんの解釈

-: 直子が生活保護の申請調査で「惨めだ」と感じたという記述が実在の事件の記事にありましたが、この感情を西原さんはどう解釈されましたか。

西原亜希: 直子は、生活保護が目の前にやってくるまでは、お父さんが働いてくれていて最低限の暮らしができている中で、自分の家を「惨めだ」とは思っていなかったのではないかと考えました。

それが、宗村さんと会って「家賃は?」などと普通に事務的な質問をされるなかで、宗村さんが淡々とノートに記載していくのを見るにつけ、ひとつひとつ烙印を押されているような感じになっていく。あの時、直子は初めて、自分の家は「惨めな暮らしをしているのかもしれない」と認識せざるを得なくなってしまったのだと解釈しました。

だから、訪問調査の際に直子は焦って、自分から「保険も払ってません」などと話し始めるんです。先に攻められるよりも、守りたい、勝手に踏み込まれたくない、という気持ちの揺れが生まれ、今までとは違うものが出てくるシーンだったと思います。

直子は、非常に狭い世界(家族の中)に生きていて、感情を表に出すことができない人だと思っていました。幼少期のトラウマから、自己主張をせず、「お母さんがどう思っているか」が指針になっていたんじゃないかと。

——————————————————————————–

▼5.監督からの演出:直子の「依存」と宗村の「弱者の視点」

-: 監督からお二人に対し、特に意識して欲しいと伝えられた演出はありますか。

吉田浩太監督: 西原さんもおっしゃっていましたけど、直子は非常に狭い世界・家族の中でしか生きていなかったので、気持ちを表に出すことができない人かなと思っていたんです。家族の中というか、自分が気持ちを表に出してはいけないっていうことをその幼少期のトラウマみたいなところから。

冒頭のシーンは次女が養女にだされてしまうのですが、それを見た時に自分もどこかに連れて行かれちゃうんじゃないかみたいな記憶があって、自己主張をすることが、彼女の中であまり生まれなかったのかなと思うんです。

なのでお母さんのことをいつも見ていて、自分の意見といえば、お母さんがどう思ってるかみたいなことが直子の指針になってる気がしたので、直子は感情を表に出さない。そこは意識していただきたいっていう話をしたと思います。

映画としては、観ている方が直子のことを「直子って子は何なんだろう…わからない人だ」と思うぐらいでいい。その「わからなさ」みたいなものが映画自体を進めていって欲しいと思っています。

西原亜希: 直子の中には、自分でも見ようとしない、感じないようにしている感情があり、ずっと分厚い蓋のようなものでぎゅっと閉じ込めていると捉えていました。
いま、監督がおっしゃっていたように、幼少期の怖い体験 から、その怖さと向き合うこともできず、お母さんからどう思われているかが優先順位の一番みたいな。

つまり、直子を演じるにあたって、母への依存の部分がキーポイントになると思いました。母に依存していたものが、今度は、自分がいるからお母さんは生きていられるんだということにいつからか変換されてしまうわけです。
そこがある種、直子にとっての唯一の居場所というか、存在意義というか、そこはすごく大事にしていた部分です。人はどうしても、自分がここにいる意味とか生きている意味、どこかで誰かに必要とされている…みたいなものを探し求めてしまうんだなって、そこで安心したいんだなって感じました。
そこはシーンを通してもすごく大事にしていた部分でもあります。

でも皮肉なことにそれだけ尽くして、自分のことを一番理解して欲しいお母さんではなく、心の距離があった父が一番自分のことを見ていて、自分にある種、寄り添ってくれたことに今まで感じたことがない何かを感じた、それがある意味で愛だなって思ったんです。お父さんの愛だと。

だからあのシーンはすごく難しかったです。「なんでお前が私の気持ちを汲むんだよ」っていう怒りだったり、でも、ある種ちょっとほっとしている部分だったりとか。

直子は自分で死を選べなかったので、死を肯定するわけではないのですが、個人的にただそこに愛を感じたり、寄り添ってもらえるっていう感覚が起きてしまうことが出来上がった試写を見てすごく理解できました。

イトウハルヒ: 私が印象に残っているのは、直子さんのお家に訪問するシーンです。「10年間お母様を続けていただいたこと本当に大変なことだったと思います」と伝える場面を、何回もやらせていただきました。

その際に「そのシーンで直子と対峙できることで、拘置所の面会室のシーンでちゃんと対話ができるはずだから」という監督の言葉をいただきました。その言葉をいただいて、宗村としての思いを直子さんに届かせることを意識したことが印象に残っています。

吉田浩太監督: イトウさん演じる宗村は、私にとって、“福祉の視点”、すなわち「社会的弱者の視点に立てるか」ということが非常に大事だと思っていました、それを体現する人物として存在してほしいと思っていました。

宗村がケースワーカーとしてやっていく中で、日常にすごく大変なことがたくさんあると思うんですけれども、そういったことがありながらでも自分としては直子の・弱者の視点に初めて立ってそこで人と接することを知るというかそれが一番大事と思っていたので、そこを目指していったところです。

イトウさんは柔らかい方なので、そこが出やすいんじゃないかなっていうのもあったと思います。

——————————————————————————–

▼6.「弱くてもいい」という観客へのメッセージ

-: 最後に、作品に込められた「希望」というメッセージを踏まえて、観客へのメッセージをお願いします。

西原亜希: 監督から「孤独の“孤”から、個人としての“個”に変わって欲しい」と言われたことが、この作品の大きなテーマの一つだと感じました。

家族と一緒にいるのに孤独を感じる人はたくさんいらっしゃると思いますが、そこから“個”でいられるようになることは、精神的自立であり、希望の入り口だと解釈しています。直子にとっては、暗闇のトンネルではなく、自分の人生を生きる始まりであり、その部分を最後に感じていただけたら嬉しいです。

イトウハルヒ: この作品を通じて「他人にどうやって寄り添うか」ということをすごく考えさせられました。

自分としては直子さんのために、と思っていたことが、自分が望まない方向に進んでいって、「直子さんのためと思っていたことは、本当に寄り添っていたんだっけ…」というのを撮影中にも感じましたし、台本を読みながら役をとらえるうえでも感じました。

宗村は、作品の中で直子さんに対する根本的な解決策は講じることが正直できなかったと思っています。

でも監督から、はなさんが演じた施設の方、野村さんが福祉の視点を持った宗村の未来の姿だと教えていただきました。この時宗村はできなかったけれど、どうすれば直子さんのような方に手を差し伸べられるかを考え続け、野村さんのような人になることができたなら、宗村にとってのはなさんの姿は希望なんだと思います。

この作品は貧困や生活保護という題材を扱っており、多くの方に予告編を観ていただいたり、関心が高い話題です。誰かが困っているときに、どうやって手を差し伸べられるかということをこの映画を通して考えていただける時間になったらうれしいです。

吉田浩太監督: 私は闘病経験から、「弱者の視点じゃないと見れない世界」があると感じており、それが後の映画作りの指針となりました。

闘病中に自分の中で価値観がすごく変わった瞬間がありました。イケイケな部分があって、ちょっと調子に乗っていたとこがありまして、それが病気になると本当に何もなくなるんです。

その時に見たこと、感じたことが僕は全てかなと思いました。肉体的にも精神的にも弱者な感じでした。その弱者の視点じゃないと見れない世界があるとすごく感じました。

いま世の中には「強ければ偉い」「金がある方が偉い」という風潮がありますが、私は逆に強ければいいとはまったく思っていなくて、逆に「弱い方が強い」と思っています。

この映画を見て、皆さんにその「弱さ」を感じていただき、「弱くてもいい」ということが希望になればと願っています。直子が一人の人間として生きていく、存在していくこと自体が、私が託した希望です。


映画『スノードロップ』

あらすじ
認知症の母・キヨと同居している葉波直子の元、長年蒸発していた父・栄治が帰宅し
てくる。長年蒸発したままった父の帰宅に困惑する娘の直子だったが、母・キヨの栄
治を迎えいれたい要望を聞き、同居するようになる。
以来、栄治が新聞配達をし、家計を支えるようになっていく。
父・栄治の同居から10年ほど経ったある日。持病の悪化により栄治は新聞配達が出来
なくなってしまい、栄治は仕事の引退を余儀なくされてしまう。父の仕事の引退を
きっかけに生活保護の申請を考えるようになっていく。
一家を代表した直子が生活保護を申請するため市役所に出向き、ケースワーカー・宗
村とのやり取りを重ねて申請作業を進めていく。母が重度の認知症であり父も病気の
悪化により仕事が出来ない状態で預貯金もほとんどない状態の一家は生活保護を受け
るには十分な資格があった。
宗村の親切な対応により生活保護申請はスムーズに進められていき、葉波家の訪問審
査を受けて生活保護の受託はほぼ決まった。
その訪問審査を無事終えた夜。無事生活保護申請は通るであろう状況の中、栄治が直
子に衝撃の一言を告げた……。

出演
西原亜希 イトウハルヒ
小野塚老 みやなおこ 芦原健介 丸山奈緒 橋野純平 芹澤興人 はな
監督・脚本 吉田浩太
プロデューサー 後藤剛
撮影監督 関将史 撮影 関口洋平 録音森山一輝 美術 岩崎未来
衣裳 高橋栄治 メイク 前田美沙子 スチール 須藤未悠
助監督 工藤渉 制作 古谷蓮
主題歌 浜田真理子「かなしみ」
製作 クラッパー 宣伝・配給 シャイカー
配給協力:ミカタエンタテインメント
2024/98分/ステレオ/DCP

2025年10月10日より新宿武蔵野館ほか全国順次公開

この記事を書いた人 Wrote this article

Hajime Minamoto

TOP