俳優・山本真莉の芝居と演出の衝突。そこから見えてきた主人公・カゲの佇まい。見つめた瞳に映るものとは

俳優・山本真莉の芝居と演出の衝突。そこから見えてきた主人公・カゲの佇まい。見つめた瞳に映るものとは

1月8日から池袋シネマ・ロサにて上映される映画『静謐と夕暮』。本作の主人公カゲを演じた山本真莉さんに俳優を目指したきっかけ、そして、本作制作に関わるにあたっての経緯を伺いました。インタビューに同席した本作の梅村和史監督と唯野浩平プロデューサーからも3人のスタッフ体制ならではのエピソードをお話しいただきました。

静謐と夕暮
山本真莉(主人公・カゲ 役)

■山本真莉。俳優を目指したきっかけと経緯

▼はじまりはテレビのバラエティ番組から

-俳優を目指したきっかけ、経緯を聞かせてください

山本真莉
私が中学校2年生ぐらいの時に、「世界の果てまでイッテQ」というテレビ番組でベッキーさんを見て憧れたのが、俳優を目指したきっかけです。私はベッキーさんと誕生日が一緒で3月6日なんです。私もベッキーさんのように体を張って人を笑わせたり、楽しませたいと思って、芸能界に興味を持ちました。
そこでベッキーさんがいらっしゃる事務所の養成所のようなところのオーディションを受けて、受かったんです。養成所でどうやったら体を張れるのか、何かそういう心得的なことを聞けるのかと思っていたら全くそんなことはありませんでした。どちらかというとボイストレーニングやダンスなどが多かったのですが、その中にお芝居のレッスンがあったんです。そこで初めて人前でお芝居をしたのですが、それがとても楽しかったんです。
私はどちらかというと、こっちの方が好きなのかなあとふんわりと思い始めました。その養成所にいたのが高校2年生ぐらいの時だったと思います。大学をどうしようかとなった時に、私は海外で仕事がしたいと思っていました。そこで英語の勉強をしなければと漠然と思っていたのですが、英語とか勉強が全然できなかったんです。
私は洋画を沢山観るんですけど、語学的に自分が習得できてなさ過ぎて、海外での仕事は諦めていました。でも大学は行きたいと思った時に、実家から歩いて10分ぐらいのところにある京都芸術大学のオープンキャンパスに駆け込むように行ってみました。
そこで申し込みをして、秋のコミュニケーション入学みたいなものがありました。受験をしたらすごい倍率が高かったらしいのですが大学に受かることができました。受験者は50~60人かそれ以上いて、受かったのは多分19人ぐらいでした。
私が本格的にお芝居がしたい・映画に出たい・俳優・女優になりたいと思ったのは大学に入ってからで、そういった経緯で今に至っています。

-ベッキーさんがきっかけで、彼女を目指していたということは、女優さんではなく、まずはタレントになりたかったんですね。体を張るとか、結構アクティブだということが意外でした。

山本真莉
バラエティ番組が好きで、自分も楽しいことをして、見てくれている人たちにも楽しんでもらいたいというのが、まず原点でした。私はどちらかというとアウトドアなタイプだと思います。一人で山登りに行ったりします。
京都に大文字山というところがあるのですが、『静謐と夕暮』の撮影場所ととても近いところでした。その中腹くらいまで片道30分ぐらいで登れるのですが、そこが一番景色が良いんです。そこに朝、誰もいない時間帯に1人で行って戻ってくることをしてストレスを発散していました。

唯野浩平
『静謐と夕暮』の劇中で、プロジェクターで、ノブさんとカゲが観る、日の出の映像があるんです。あれも大文字山を真莉ちゃんが知っていて、「あそこだったら日の出が綺麗かもね」と言ってくれたので「ちょっと撮ってきます」と言って、2人で蚊に刺されまくりながら撮ってきたものです。

-海外に出ることを目指そうとしていたり、とてもアクティブなんですね。

山本真莉
やりたいことがいっぱいあります。元々父親の影響で映画を観る機会がとても多かったんです。父も高校から大学ぐらいのときに俳優をやりたかったということを2年前ぐらいに聞いて、「そうなんや」と思いました。父もとてもアクティブなんです。本格的な登山をしたりとか、ボーイスカウト・カブスカウトの隊長をしたりとか、1人で行動している父の背中を見て育ったからなのか、その血が流れているからなのかもしれないです。
私が海外に出たいというのは洋楽をすごく聴いていましたし、海外の文化とか、そういうものに憧れがあって、海外の人とコミュニケーションを取ることが楽しかったです。1人旅をしたときに、ゲストハウスに1人で泊まって、海外の人と話そうと思っても全然話せないんですけどね。
将来的には20代後半とか30歳ぐらいになった時に、どこかで海外に行って、海外の映画に出演するのが今の最終目標です。
英語は全然話せなくて、ボディランゲージでなんとなくのニュアンスで頑張って乗り切っています。それが楽しいです。

静謐と夕暮

▼趣味・特技の話

-プロフィールを拝見すると、「ホルン」が記載されていますが、始めるきっかけにはどういった経緯がありましたか?

山本真莉
私は中学校の時に吹奏楽部に所属していました。何らかの部活に所属しないといけない中学だったのですが、私は特にやりたいことがなかったんです。仲の良い友達についていって吹奏楽部に行きました。特にやりたい楽器がない中で、トランペットやフルートといった花形の楽器がやりたいなとなんとなく思っていました。
ただ、どの楽器も定員があるんです。花形の楽器はすぐに埋まってしまっていました。そのまま友達についていったら、ホルンのブースに行って、マウスピースを使って、まず音が鳴るかどうかのテストがありました。そこで音を鳴らしてみたら鳴らすことができたんです。
目立つ楽器ではないのでホルンを希望する人ってとても少ないんです。私はホルンに“選ばれない魅力”みたいなものを感じて、じゃあやってみようかなあと思って、ホルンのグループの所属になりました。

-楽器的にも肺活量が必要だとか、水泳にも繋がりを感じますね。

山本真莉
そうですね。確かに、肺活量がめちゃくちゃいる楽器でした。ホルンは中学で3年間続けていました。吹奏楽の推薦で高校に進学していった友達はみんな高校もホルンでした。私はもうそのときから女優になりたいと思って、お芝居をやっていたので、吹奏楽は中学3年間だけでした。
水泳は小学生ぐらいだったと思います。
私は今は体が強いんですけど、小さい時は体が弱くて、風邪をひかないために通っていました。でも2年間で辞めてしまいました。黄色い帽子から緑帽に移行するところがあって、黄色い帽子のままだと足がつくプールで自由に泳げるんです。でも、黄色い帽子から緑帽に上がるテストに受かってしまうと、足がつかなくて飛び込みできるぐらいの深いプールのところに連れていかれて泳がないといけなくなるんです。その深いプールがめっちゃ怖かったです。小学生の自分からすると、下を見たら深すぎて、「足つかへん、死ぬかもしれへん」と思って、怖くてやめました。それだったらまだ学校でも泳げると思って辞めました。

▼言葉集め

-趣味/特技の中にある「言葉集め」が気になりますね。

山本真莉
「言葉集め」については、よく聞かれます。「言葉集め」は気づいた時にやっていることなんです。歩いていて、すれ違った人からパッと聞こえてきた面白い言葉とか、単語を書いたりします。私は自分で歩いていて、パッと思いついた言葉や思ったこと・感じたことを忘れたくないと思って、iPhoneのメモやノート、手帳に書いて残しておくんです。
それを見返したときに、「あの時こうだったな」とか、「こういう時にすれ違って、こういう2人がこういうこと言っていたな」みたいなのをあたかも日常のネタ集めみたいなものです。そういうのが好きで、日頃からやっているのが趣味のようなものになります。でもそれがなんとなくお芝居に活かされている感じがしています。
日常的に書いているとストレス発散にもなって、長い時だと3ページぐらい思ったことをバーッと書いていて、汚い言葉が入っていたりもするんですけど、それでストレスを発散しています。それを後から見返すと、「あの時こんなことを自分は思っていたんだ」という発見があって、単純に自分を見つめる機会としても大切だなと思って、習慣的にやっています。

■山本真莉さんと『静謐と夕暮』

▼『静謐と夕暮』との出会い。企画書からの参加表明

-映画の企画書を読んで、梅村組に入りたいという話を伺っています。その経緯を教えて下さい。

山本真莉
クラウドストレージで共有されている企画書はいっぱいありました。私が興味を持った企画書の中で、梅村組の企画書を初めは意識していませんでした。「企画書の中身が多いなぁ」と思っていたくらいです。企画書の一次選考の時って、とても量が多くて、読むのが大変だったんです。その際に、大学時代にずっと仲良くしていて、以前一緒に作品を撮った人と、卒業制作をやりたいなと思っていました。その人たちが挙げてる企画を優先的に見ていたのですがその企画
が一次選考で落ちてしまったんです。
私がやりたかった企画が1個もなくなってしまって、どうしようと思っていました。全ての組の企画書を改めて見た時に、ひと際異彩を放っていたといいますか、何か伝えたいことがすごくあるのに、言葉がまとまってない。まとまっていないけど、想いとかやりたいことがビンビンに伝わってくる企画書が梅村の企画書でした。
他の組はすでにキャストを集めていて、早くから動きだしていたんです。そこに自分から入って行く勇気があまり持てませんでした。自分の焦っている気持ちで、自分の中でピンと来ていない企画書に対して、「やりたいです。入らせてください」って行ったら絶対に後悔するだろうなと思いました。
その時に働いていたアルバイト先のマスターにもずっと卒業制作の相談をしていました。マスターには、「自分が絶対にしんどいと思う方を選びなさい」って言われたんです。それは私には、物事を決める時の判断基準になっている大切な言葉です。それを言われて、「こんなにしんどそうな組はないな」と考えて、絶対に梅村組だと思いました。
でもその時の企画書には、どういう人が出るとか、どういうストーリーかというのも書いてなかったんです。だから自分が役者として出られるかどうかというのもわからない状態でした。だけど梅村組の企画書を読んだ時にそれが一番面白かったんです。自分が死とか生きることに、ずっと興味があったので、卒業制作としてやるならこれだなと思って入ったのがきっかけでした。
梅村や唯野とは、大学で会った時に挨拶をするぐらいの関係で全然仲良くありませんでした。

静謐と夕暮

梅村和史監督
授業でも関わることが無かったんです。

山本真莉
2人は制作コースで私が俳優コースだったので、全く関わりがなかったんです。

-企画書の全体数はどれぐらいの数だったのでしょうか?

山本真莉
13、14くらいあった記憶があります。

-それを読むだけでも大変だったんですね。

山本真莉
梅村の書いている企画書は長かったですね。

梅村和史監督
書き過ぎてしまうんです。

山本真莉
梅村の企画書は何を言いたいのか読み取るのに時間がかかりました。それが理由で私はその企画書を選んだというのもあります。梅村に関しては、そんなに知っていない中で、まとまっていないながらも、文章に想いがバーッと書いてあって、そこに惹かれました。

-企画書の段階では、誰が出るとか出演者・キャストの記載がなかったんですね。

唯野浩平
その役が何なのかくらいが書かれた状態でしたね。

山本真莉
話も分からない状態でした。だから自分の中でも大きな賭けでしたね。

▼カゲ誕生の話

-カゲという役を演じることになるわけですが、このキャラクターはどのように決まっていったのでしょうか?

山本真莉
カゲという人物が出来上がるまでにはすごく時間がかかりました。
私が覚えているのは、黒い影。影を映像化するということです。

唯野浩平
そうですね。カゲというか、シャドーの影。そういう話を作っていた時があったんです。

山本真莉
その辺から、きちんとした脚本・物語になって、今の『静謐と夕暮』が出来ていったんです。

梅村和史監督
カゲは、逆光で写っている人のような感じでした。

山本真莉
そういったことがベースになって進んでいった感じがします。その時は、「影・シャドウを映像化するのは絶対無理だろう」って正直思っていました。
私は企画や脚本を一緒に考えていく中で、「携わるなら自分は役者として出たい」という思いがありました。なので、上手いこと「こうやったら、これは人で出来るんじゃない?」みたいな話をして、自分が出られる方向に頑張って持っていこうとしていた気がします。それを考えた時に、「なぜ、私にカゲをお願いしたのか」というのも気になりました。

唯野浩平
カゲを真莉ちゃんにする最終決断は、福岡さん(福岡芳穂監督)のひとことなんです。脚本づくりが進む間に、ある程度は形になって、キャストに老人がいるなぁとか他の人たちのイメージはフワッと出てきました。ただ、現在の脚本になるまで、カゲのイメージが全然固まらず、主演を誰にするかという話に至りませんでした。
なにせ、“影”なので、“他の人の観測者”というか“見つめ続ける人”なわけです。脚本上に書いてあって、設定をつけたとしても、「どういう人なのか」といった見た目は固まらなかったんです。逆に外堀だけが固まっていきました。川辺の老人の役に関しては、「元々夫婦でパン屋を営んでいた夫婦でその妻を亡くしてしまった」という設定が固まっていきました。一方、カゲは固まらないという。
真剣に「どうしよう」とずっと悩み続けている中、3人で話し合ったんです。そこで「俺は結構。真莉ちゃんはいいんじゃないの」っていう話をしたんです。そこで出たのが、「でも、真莉ちゃんって女の子だよね」という話でした。「女の子だけどいいんじゃないの」という話もしていました。
さらに梅村から、「でも、女の子過ぎる人じゃないし、でも男性っていうものではないキャラクターなんだよな」って言われて、結局、どうしたらいいのかわからないから、カゲはイメージが固まらない人でした。
「中性的というところにこだわりたい」ということを話して、ずっと悩んでいる中で、もう一度福岡さんに相談したんです。すると福岡さんは「主演は、真莉でいいと思うけどなあ」っと言ってくださったんです。そこで「前向きに検討してみます」と返答して、真莉ちゃんでやるかとなって、そのときには梅村も「そうします」と言ったんです。
その時に、真莉ちゃんでやることを決断すると同時に、自分の思っている“男性でも女性でもない中性的な人”をどうしたら真莉ちゃんでいけるかというのを、そこから練って行ったと思います。

梅村和史監督
カゲがどういう風にして決まったかの経緯は正直、忘れてしまいました。
今、唯野の話をききながら思い出したことがあります。僕は、一人で悶々と考えているときに何も思いつかないんですけど、人に“ワー”って話している時に考えが整理されて、「そういうことなのかも知れない」となって決まることが多いと思いました。
カゲをどのようにシャドーとして描くかが、実際の生身の人間を使って表現するうえで、性別に偏らないというところがあれば、仮に設定があったとしても、誰にもできるカゲみたいなものになれるんじゃないかなと思いました。それで、何か人格を動かしたかったわけではないんですけれど。
そのカゲが、例えば入江さん演じる老人に近づいていって老人の影になるとか、長谷川さんとか仲街さんや、居酒屋の南野さんと対峙して、憑依するのではなく、寄り添うものになれるんじゃないかなと思いました。
以前に唯野が、どこかで話していたんですが、過去の作品に、『つたにこいする』(2018)という短編があるんです。そこでは人間の三大欲求について話しているんです。

山本真莉
なにそれ。知らない。

梅村和史監督
その時は食欲と睡眠欲と性欲について話していて、その作品はどちらかというと食欲と性欲について書いた短編を作ったんです。
その時も唯野に言われてそうかなと思いました。『静謐と夕暮』は明らかに、生きていくという題材があるのに性欲の要素がまったく欠けています。でもそうしたかったのは、生きるのってそういう野性的なことでもなく、もっとこう…カゲを通していろんなものにひゅっと寄り添っていくものなのではないかなと思いました。
そのカゲは何かそういう無性的なところを描くことで、シャドーとして描けるのではないかということがあって、「じゃあ山本真莉で」ということになりました。
確か福岡さんに言われたことが、「客観的な視点をずっと貫ける役」だと思うんです。こんな視点があったんだって気づかせてくれることの描写もあったし。
山本真莉っていう存在が、僕にはどういう人間なのか、ずっと何かわからない存在だったんです。だけど、「この人はもしかして主観だけで動くことがない人なのかもしれない」と思いました。そういったシンプルなイメージになって、“山本真莉”という厚みを考えるんじゃなくて、“存在としてそこに居る人”ということだったら考えられるかもしれないと思いました。なので、この人だったらかっこいいかもしれないって思いました。

唯野浩平
梅村監督的には実際やってみてどうだった?

梅村和史監督
どのタイミングでぶつかったかは覚えていないのですが、真莉ちゃんから「自分っていうのをめっちゃ出そうと思ったけど」みたいな話をされたんです。

山本真莉
もしかしたらいろいろなところで言っているかもしれないですね。

梅村和史監督
大学の近くに白川通りがあって、その近くのマクドナルドで企画会議をしたんです。
それが終わって帰る時のことだったと思います。そこで演出方法について話したんです。

唯野浩平
去り際に足をとめてね。セカンドストリートという古着屋さんのところでね。

梅村和史監督
真莉ちゃんが今まで以上にまっすぐ僕の目を見て、「こんなんどうかと思う」って言われたんです。

唯野浩平
真莉ちゃんが「自分を出せばセリフがない」とか、「感情が極端に….」とか言ったことに対して…

山本真莉
結構言った記憶はあります。

梅村和史監督
僕も何か言ったような気がするんですよね。
そういったやりとりがあった帰り道に唯野と「真莉ちゃんが言ったあれは、こういうことなんじゃないか」という話をして、僕の中でも整理をしたんです。
山本側からも徐々にこうしたいというのがあって、僕がやりたいと思うことと、もっと具体的に提示していく積み重ねが、セッションにつながるんじゃないかなとそう信じてやっていました。

唯野浩平
映像を観ていると、山本自身のその“我”と梅村の演出の拮抗した形が、カゲとして現れた瞬間が内部に秘められた熱として感じる時があるんです。

山本真莉
梅村に対抗して、唯一私がこれだけは絶対に曲げないってやっていたのが、何かちょっと怖かったり、寂しかったりする時に、Tシャツの裾をギュッと持つということです。これだけは自分の中で何か規則的な法則みたいなものとして考えていました。これは梅村に言ったら「やめて」って言われると思ったので伝えずにやっていました。
私が、なんか見せなきゃとか、役者として何かやらなきゃみたいなことを考えてプランとして考えてきたことを、「もう余計なことはしないで欲しい」といったニュアンスで言われました。その時に、私が今までやってきたことが全部駄目だったみたいな感じに思ってしまったんです。
梅村にいろいろ言ったと思うんですけど、次の日から切り替えて「本当にじゃあ何もしないでいよう」と考えました。その中で一個だけ“裾を持つ”という法則を考えるのと、カゲの役作りにも繋がるんですけど、自分の今と生きている父親との記憶を撮影期間中ずっと考えることを現場でやっていました。楽しかったことや喧嘩した日のことをずっと思い返す作業ぐらいしかしていませんでした。元々脚本・企画を作る時から、3人でインタビューを受けたりして、作品全体がわかっている状態で現場にカゲとして入れたので、そこまで何か役作りみたいなことはしていないのですが、大事にしたのはその2点です。

あと、体の動かし方は外股で歩くようにいました。私が普通に歩くと、女性なので女の子っぽい歩き方になってしまうんです。自転車の乗り方一つでも、どうしても内股で漕いでしまったり、立ち方や座り方も監督から細かく言われました。

自転車に乗るときは基本的に脇を締めずに脇を開いて、外股で漕ぐことを言われました。立ち方に関しても、女の子って足を閉じながらまっすぐ立ち上がれるんですけど、男性は膝に手をついて立ち上がるといったことを言われました。梅村にも実演してもらって、それを見てああそうなんだって思いました。中性的にということで、私の場合は女性なので男っぽさみたいな動きを追求して、そこを詰める作業を現場でやりました。出来上がった映像を見ると、確かに女性らしさはないですね。私から見ると、普段の私よりは中性的というか男っぽい感じがします。
現場にいるときはもう何が何だかわかりませんでしたが、そういった映像をやっとラッシュで見て、梅村が言っていたことってこういうことなんだというのを実感しました。

静謐と夕暮

唯野浩平
今までの人生を否定されたみたいだったよね。

山本真莉
そう。今までやってきた芝居を全部否定されて、ゼロにしないといけない作業でした。

唯野浩平
その時の様子は、梅村が真莉ちゃんに、ただ座って・立って、こういう立ち方だよっていうものでした。

山本真莉
それがめちゃくちゃ悔しかったんです。「私にだって、立ったり座ったりぐらいできるもん」って思いました。

梅村和史監督
自転車に関しても唯野に何回か試してもらったよね。

山本真莉
そうそう。やっぱり動きがわからなくて。

唯野浩平
そこで、「脇は締めないんだよ」って。

山本真莉
それを言われた時はぎこちない感じでしたが、月日が経って淀川の撮影や自転車が出てくるシーンなど、撮影後半になるにつれて体に染み付いてきて、それはすごい不思議な体験でした。

▼サンパウロ映画祭 新人監督コンペティションにノミネートした時の話

唯野浩平
サンパウロ国際映画祭の話なのですが、応募して受かると、イントロダクション動画っていう、映画祭を観る人のための、それぞれの映画がどういう映画ですというのを、それぞれの作品で出すっていうのがあるんです。それで僕らはもう既に東京にいる時にサンパウロ国際映画祭に受かったので、イントロダクション動画を作ろうということになったんです。普通は、監督がこういうところにいて、この作品はなんたらかんたらで、「観てくださいねー」みたいな。そういうのをやる動画なんですけど、監督がシャイで恥ずかしがり屋というのもあったので、イントロダクションも映像として作りたいとなって、もう一度真莉ちゃんにある種カゲとして映像を荒川で撮りました。

-あれは荒川なんですね。

山本真莉
はい。とても淀川と似ていました。

唯野浩平
撮影場所は僕の家の近くなんですけど、そこに行ったらいいねってなりました。それで東京で撮ろうとなって、もう一度真莉ちゃんにカゲをやっていただいたんです。その時もすっとカゲになりましたね。
そのときにやはりすごいなと思いました。それは梅村がすごいのか、拮抗した1年間の闘いの演繹なのかと思いました。

-厳しい闘いだったんでしょうね。演出・指導する方も受ける側としても、

山本真莉
なにくそ状態ですよね。

唯野浩平
もしかしたら拮抗させるための演出だったのかもしれません。

梅村和史監督
唯野の動きを真莉ちゃんに見せてね。

唯野浩平
何くそだという燃え上がらせるための演出だったのかもしれません。

山本真莉
ずっと燃え上がっていました。

-台詞がないというのはどのあたりで決まったのでしょうか?

山本真莉
脚本には台詞は書いてあったんですよ。

唯野浩平
ボイスオーバー(テレビや映画で、画面に現れないで解説や語りを行う人の声)という形でね。

山本真莉
喋りながらの台詞もあったんですよ。現場ですごい走るので、3人では機材的に録れないという。
川辺で私がブツブツ言いながら物を書いているシーンがあって、そこでは私も喋っていたんですけど、音が録れないし、私の声がハスキーでも低くもなくて、どちらかというと高めの声なので、私も何か演じている時に、「私は喋らない方がいいな」と思いながら喋っていました。現場で、「じゃぁ、1回喋らないでやろう」ってなって、もうここで喋らないんだったら、他のところでも喋らない方がいいだろうってことで、カゲは喋らないキャラクターになりましたね。
だから思っていること、言いたいことは書いてあるので、脚本通りにここではこういうことを言いたい。だから喋れない人じゃなくて、喋らない人というのは意識しながらやっていました。台詞は脚本に書いてあるので、そこを意識はしていましたね。

-ボイスオーバー以外に、ト書きではなく、セリフとして書いてあったんですか?

山本真莉
台詞もボイスオーバーもありました。一応台詞も何個か私の記憶ではありました。

唯野浩平
補足すると、編集段階でも、僕編集と梅村編集を同時に進めていく中で、ボイスオーバーについてはまだ考えたいみたいな話が出ていたいんです。

山本真莉
確かに言っていたね。

唯野浩平
僕はボイスオーバーは嫌だって言っていたんです。

山本真莉
私は喋れるのかなぁと思って、「喋りたいんですけど」って言ったら、「駄目だ」って言われていました。

唯野浩平
「静謐と夕暮」が完成して…僕は整音もやりながらなので、そういう時にも思いますけど、声って絶対に抗えないじゃないですか、声帯っていうのは。
もうそれだったら中性的な人に声をお願いするくらいしか、無理だろうって。でもそうすると絶対に齟齬が生じてしまうし、そういう“制約”じゃないんですけど、声を使わないという手段をとって良かったと思っています。

-セリフの話をしていただきましたが、表情的なもので、心がけていたことはありますか?

山本真莉
表情的なことの指示は特になかった記憶があります。でも、意識的にというよりは必然的に疲れていました。撮影が朝から晩まで、晩から朝までというように、昼夜逆転してずっと撮影をしていました。カゲとしての時間を終えた後は、次の日の美術や衣装、この人に何時に来てもらうとか、そういう話をしないといけませんでした。なので、山本真莉的にはずっと寝ていない状態でした。
それは監督もプロデューサーも一緒なんですけど、そういう中でやっていたので自然とああいう眠たそうで疲れた表情が出来上がっていました。自分でも先ほど、「どういう表情だったっけな」と考えてみました。眠るシーンがよく出てくるんですけど、本当に寝ています。寝てしまっていて2分ぐらいカメラを回してくれていたんですけど、気づかなくて、ふわぁ…って起きたら、めっちゃ静かで、「あ、撮影中だ!」って気づいて芝居した時が何箇所かあります。そのぐらい、そもそも意識ができない状況に追い込まれていました。
その結果として、カゲという人物を見ていくと、寝ているのか起きているのかもうわからない状態になっていました。そういう人物をやるにあたっては、めちゃめちゃいい追い込み方だったと思います。この現場じゃないとカゲは生まれなかったと思います。普通に役者として呼ばれて、この現場に入って、「カゲをやってください」と言われていたら絶対にできなかったと思います。
追い込まれてみるみる痩せていったのもあって、当時は体重が30kg台まで下がって、自分が感じたことのない体の疲れや「死ぬかもしれない」と感じ始めていました。そういった背景があって、カゲは出来ています。

唯野浩平
フライヤーのビジュアルと見た目が全然違うんですよね。

山本真莉
この頃の方がすごく痩せていますね。
そういう感じまで追い込まないと女性らしさが出てしまうのかなとか思いました。これだけ痩せると映像で見た時に、男性的でも女性的でもなく、どちらなんだろうという中性的な所に到達していました。結果的にこの体制でやったからこそ生まれた表情・芝居だったと思います。

唯野浩平
そう言ってくれると幸いです。

▼アロマキャンドルの話

山本真莉
カゲの机の上にキャンドルを置いているんですけど。

唯野浩平
美術として置いてるんです。

山本真莉
部屋のシーンの準備で、梅村と唯野の2人がバタバタしている間、「カゲとしていてほしいからいいよ」と放って置かれていて、私はそんなにすることがありませんでした。その時は夜から朝にかけての撮影で、夜になると暗くなるので、何かをしてないと意識が危ないと思って、目の前にアロマキャンドルに火をつけて、火をずっと見ていました。それは友達にもらったもので、良い香りに癒されながら使っていました。
あの時は、私の眼に光が全然入ってないですよね。

唯野浩平
そうですね。

山本真莉
人は追い込まれるとこうなるんだってそう思いました。

▼オフショットの話

-気づかない中で、撮られてというか、カメラが回っていて、今の話だと寝ていましたという話に陥ってしまう気がするんですけど、どうなんでしょうか。でもこの表情って撮られていた自覚があるとか。
 
山本真莉
この時は、目は開いていますね。全然、起きています。
カメラを向けられている状態で、録画ランプがついてるのは見えるので、撮られている自覚はあるんです。この時も撮られているなあって思っていました。
でも「撮られているぁ…」しか思わなくて、「カゲとしていよう」とか、「今は私でいよう」とか、そういう分け方をできる余裕もありませんでした。そういうのを分けていると、自分がどちらかわからなくなってしまいそうだなというのもあって、基本的にずっとフラットな状態でいようと心がけていたんです。
いつカメラをまわされても大丈夫なような気持ちでずっといたので、多分2、3ヶ所ぐらい、オフショットがよく使われています。私が見るとすぐわかります。これはあのカゲとして撮られているのではないと判るんです。でもそれが面白く、いい感じに映っていて、いいなあと思っていました。
ただただ「撮られているなあ」という気持ちでいた感じでした。

唯野浩平
そうですね。完全に作り込まれたと云うか、映像でループのように続く同じような映像という感じで、真莉ちゃんとカゲを半々ぐらいで見ている感じです。オフショットでありながら、カメラを回されていることを意識できているというのは、ある種そういう転換点なんです。
ふっと今までと少し違うものが映像の中に出てくる気がしていました。
最初にその映像を使う時は、梅村しかこのショットがあることを知らないので、いきなり見ると…

山本真莉
隠し玉やんみたいな。

唯野浩平
そうです。だから、俺の編集にはないショットを梅村版の編集ではちょくちょく隠し玉として出してくるんですよ。
先ほどの話からすると、もしかしたら真莉ちゃん自身は、こういうショットってオフショットだとわかっているんだと思います。

山本真莉
めっちゃ判っています。

唯野浩平
映像からすると何か少し違うカゲで、動き出すんじゃないかとか、そういう映像のきっかけに繋がると思ったので、その映像を使わせていただきましたね。

-私もスチールで入っていたら多分ああいうショットを撮っていると思います。

山本真莉
私もすごい気に入っているシーンですね。カゲもまた新たにここから動き出して、写真屋の所に行くというところなので、すごく気に入ってる部分ではありますね。

▼山本真莉さんからのメッセージ

-それでは映画を観にいらっしゃるお客様へのメッセージをお願いします。

山本真莉
自分がここにいる意味とか、何で私は生きているんだろうとか、その先の漠然とした不安感みたいなものに襲われながら生きていたり、明日が怖くなったりすることがあると思います。そういうときに、『静謐と夕暮』は自分の記憶と向き合えて、その記憶が自分のことを優しく温かく何か包み込んでくれる作品だと思っています。
明日またあの人に会いたいとか、解けなかった問題を解きたいとか、生きる理由って何でもいいなと思っています。でも生きていれば、何だってできると思うんです。失敗や挫折、成功も幸せも掴むことが出来ると思います。
だから、この映画を観た明日も生きてみようかなとか、ちょっとでも思ってもらえれば嬉しいです。年が変わる新年って環境が変わって、結構苦しい人もいらっしゃると思うんです。そういう新年の何か新しく始まる時の1本目や2本目に「静謐と夕暮」を選んでいただければ、また違った気持ちになれると思うので、ぜひ観ていただければと思っているので、よろしくお願いします。

静謐と夕暮

■映画『静謐と夕暮』

●監督
梅村和史
1996年生まれ。岐阜県出身。高校時代、『Dr.strangelove』(スタンリー・キューブリック監督)に出会い、いつかこれを超えるかっこいいものを作りたいと思い、映画の道に進む。初監督作品は『つたにこいする』(2018)。監督の他、音楽制作にも力を注いでおり、『忘れてくけど』『彷徨う煙のように』『赤い惑星』『ROLL』(村瀬大智監督)の音楽も手がけた。本作は初の長編監督作品。

●キャスト/スタッフ
山本真莉/入江崇史/石田武久/長谷川千紗/仲街よみ/野間清史/ゆもとちえみ/栗原翔/南野佳嗣/和田昂士/延岡圭悟/梶原一真/赤松陽生/吉田鼓太良/鈴木一博/岡本大地/石田健太/福岡芳穂 監督・脚本・撮影・編集・カラーリスト・音楽・照明 梅村和史 ロケーション管理・衣装管理・メイク・小道具・美術監督 山本真莉 プロデューサー・編集・録音技師・整音・ダビング・照明 唯野浩平


●作品情報
製作:2020年3月13日/136分/アメリカンビスタ/5.1ch/カラー/日本

公式サイト https://mitei10kisei.wixsite.com/silence-sunset-jp

公式Twitter https://twitter.com/31Vol6

1月8日より池袋シネマ・ロサにて、1週間限定上映

静謐と夕暮
『静謐と夕暮』 新ビジュアル

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